ヒーリングセッションやっています

「たっかぶりなんて産まなきゃよかった」と思われて。

2019年10月29日、わたし、たっかぶりはこの記事を書いています。

今日、わたしが今までお母さんだと思っていた人は、わたしを産んでくれた女性になりました。

タイトルにある「たっかぶりなんて産まなきゃよかった」と思われて。が、なぜ「思われて」なのかと言うと、直接的に言葉として言われたわけではないからです。

わたしのことを強く考えたり無意識に念を飛ばしている人が夢に出てきては、その人の感情や心理を訴えてくることが数か月前から続いていました。

その人の感情や心理がまるでわたしのなかにインストールされたかのような感覚でした。

数か月前の夢の中で、わたしを産んでくれた女性は言いました。

「たっかぶりなんて産まなければよかった。」

夢から覚めたわたしは茫然としていました。

それからしばらくしてまた夢の中でその女性は言いました。

「役立たず。」

わたしは昔からとても直感が冴えています。わたしの直感がこの夢はその女性の本心を念として夢でみたのだと言っていました。

でもわたしは自分の直感を信じないことにしました。

わたしは「母親に愛されていたい。」と思っていたからです。自分の直感が間違っているに違いない。ただ変な夢を見ただけだ。

そんな風に自分に言い聞かせても、わたしの感覚はうずきました。何かがひっかかる。どうしても頭から離れない。

そしてわたしは、第三者にリーディングをお願いすることにしました。

結果は、わたしの夢と直感のとおりでした。

わたしが言われなくてもその女性の思うとおりの言動をして、死ぬまでご機嫌取りをして、自分の感情を押し殺して初めて、

「たっかぶりを産んでよかった」

と思うのかもしれない。思わないかもしれない。

養豚場の女性が豚を飼い始めました。栄養のあるものを食べさせて、適切に育てれば数年後には高値で売れる。

そう思って女性は豚を育てました。病気にならないように予防接種を受けさせたり、環境を整えたりでお金もかかりました。

でも、よく太って大きくなればかけた労力や経費を賄う利益が入ってくるのです。しかしある日、豚は農場から逃げ出しました。

豚がいなくなったので、かけた労力もお金も水の泡だと女性は落胆しました。

「あぁ、こんなことならあの豚を育てて損した。飼わなきゃよかった。」

わたしはこの豚と同じなんだなと思いました。

わたしは家畜でした。

30歳もとっくに超えた、十分に大人になっているわたしはリーディングの最中に嗚咽して泣きました。

今現在のわたしが泣いているというよりも、もっと深いところでのわたしが泣いていました。「わたしは泣いているな」ともう一人のわたしが側でただ見ていました。

それほどに自分がこの世に産まれたこと、自分を産んでくれた人に存在を否定されたことがとてつもない「無」となって奥深くにドンと居座りました。

わたしは子の親になっても、自分が「子」として親に愛されていたいと思っていたのだと思います。

もっというと、「個」としてわたしを愛してくれたらと思っていたのだと思います。

映画「千と千尋の神隠し」に出てくる、カオナシのセリフが頭のなかで回っていました。

さみしいよぉ、さみしいよぉ。

親に真に愛されなかった女性がわたしを産みました。

その女性は自分が受けた愛の範囲でわたしに愛を注ごうとしたか、注いでくれました。

そんなわたしも子の親になりました。わたしは自分の子を「個」として愛しているのか。わたしにはその子を心地よく包むだけの愛があるのか。

今は奥深くで「無」が鎮座している場所を、自分で満たしていける、そんな人生を歩んでいきたい。

「愛されなかった子が親になって、子を愛することができるのか」

とても面白い生き方ですね。

たっかぶり

5 COMMENTS

ゆきのした

たっかぶりさん
初めてコメントいたします。
なんだか涙が出ていました。
たっかぶりさん、お誕生日なんですね。
いちファンとして、このブログを楽しみ
にしています。
生まれて来てくださって、ありがとうございます、とお伝えしたいです。
お休みなさい。

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イモムシ太郎

そんなたっかぶり、先生の、愛に溢れるメッセージで、僕は何度も救われましたよ!大丈夫です。いつもありがとうございます!

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がお

 こんにちは。たっかぶりさん 辛いですね。私も今でこそ家族を許しましたが、以前は本気で縁を切りたいと思っていました。私は末っ子でしたが、「お前は出来るはずじゃなかったけど、出来ちゃったから仕方がなかった」と子供の頃に言われ、親は名前も考えてくれなかったみたいですね。取り上げてくれたお産婆さんが私の名前をつけてくれたんです。幼稚園以前の子供の頃の写真も自分だけ無いんですよね。よって、最近まで私の劣等感は「必要の無い子、いらない子」というものでした。結婚も家族全員で大反対してくれましたね。ただ県外の彼女の地元で生活するというだけだったんですが、「お前は幸せにならなくていい」と言われている様に感じて私は壊れました。あれから20年の月日が経ち、最近スピリィチュアルに出会い、やっと家族を許すことが出来ました。なぜ自分はこの家族を選んで生まれてきたのか?自分はこの家族から何を学ばなければならないのか?そういった事が理解出来たからです。私は自分だけでなく、兄弟のファミリーカルマも断ち切ろうと決めました。そのためにこの家族を選んで生まれて来たのだと思うからです。

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クボ

お誕生日おめでとうございます。私は母に認められたくてしかたありませんでした。母の機嫌を伺い、母に必要とされたかった。でもいくらやっても満たされなくて。先月、爆発して思いの丈をぶちまけました。30年と数年分の。結果は…うん笑笑。だけど、分かったんです。『母は私を産んでくれて育ててくれた人。それだけ。ありがとっ!』って。私は母の為にダメな情けない子になるのはもうやめて、夫と子ども達と私の道を歩んでいこうと素直に思えました!
そして29日は私の娘の誕生日。

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batayang

あーわかります
私は母親に直接言われたんですけどね

でも大丈夫ですよ
大丈夫
感情を感じきってしまえばフッと軽くなります
私の場合は
何日も何日も何日も悪態つきまくって、怒り狂って、お母さんお母さんお母さんって泣きまくって、そこに愛は『ないんだ』ってなって終わりました
そして、ほんとうのことがみえてきました

シェアしていただいた勇気に感謝します
ありがとうございます
愛をこめて

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