今回のテーマは「苦手な人」です。
蓼食う虫も好き好き。
※この記事は、苦手な人をテーマにスピリチュアル的にみたらどういう意味をもつのか。そして、どうしても苦手な人にはどう対処していくかを共有する内容です。
苦手な人、嫌な相手というのはあなたの写し鏡です、あるいはあなたの課題を提示してくれている存在です。
という説明は多いんですが、僕はそれだけだとは思いません。
常日頃からスピリチュアルマスターを志す人は、すべての人は愛や光だ。という観点から、どうにか対処していく方法を見出しているでしょう。
ただ、中にはどうしても苦手になったり、どうしてもいやな存在としてあなたの目の前に現れるかもしれません。
苦手な人や嫌いな人と出会う理由を共有しつつ、対応方法として何かヒントになるものをいくつかピックアップしてみます。
苦手な人ってどこのポジションに置いているでしょうか?
今回のお話の流れ!
- スピリチュアルからみた苦手な人・嫌な人の存在理由
- 苦手な人のどこに反応するのか
- 苦手な人・嫌な人はプラスかマイナスか
- 苦手な人・嫌な人への対処方法
- まとめ
スピリチュアルからみる苦手な人・嫌な人に出会う意味と理由
スピリチュアル的観点からみると、すべてはエネルギー、そして起こることすべては中立(≒レッスン)ですので、大きく分けて3つの解釈が
苦手な人・嫌な人に会う理由として可能だと思います。まずはそこを整理します。
①鏡の法則(引き寄せ・写し鏡・投影)
鏡の法則とは、
「結果」には必ず「原因」があり、その原因はあなたの心の中にある。あなたの人生の現実は、あなたの心を映し出した鏡だという考え。
になります。
これを苦手な人や嫌いな人に適応させると、苦手な人は自分の心の奥底を映し出した鏡。自分の嫌な部分を投影している。
つまり、同じエネルギー(波長)を相手が持っているから。というのが1つ目の理由になります。
例えば、苦手な人はいつも自分を攻撃してくる、嫌ってくる雰囲気を醸し出してくるとしましょう。
相手がそういう性格だから。というわけじゃなく、自分の見られたくない部分を相手が突いてくるから嫌だ。というイメージです。
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②心や魂を成長させるため
こちらはスピリチュアル的な理由のメジャーです。
要するにレッスンというやつです。エネルギーレベルが一緒だから。という考えを少し前に進めてみると、苦手な人の「苦手」と思われる部分に、
どうしても許せない、どうしても認めることができない箇所(エゴ)がみつかります。
それが課題として現れるイメージです。だからスピリチュアルでは、相手を許すわけではなく、自分を許す・認めることが大事という考えになります。
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③ただ単に相性が合わない
スピリチュアルな文脈では、①と②がほとんどの理由として説明されます。
ただ、僕はそれだけが理由だとは思わなくて、純粋に相性、個性、価値観などが合わないだけ。というパターンもあると思っています。
もちろん、これはどちらが正しい間違いというわけではなく、ただの違いです。いうなればカレーが好きか、ハッシュドビーフが好きかくらいのもんです。
その違いすらも視点を変えれば違わないんですが、そこまでする必要があるかは各々の好みに過ぎません。
苦手な人・嫌な人を心の課題としてみたときの注意点
ここでは、①と②の理由について少しだけ注意点的なことを羅列してみます。
とりわけ、課題が自分にあるとわかっても、自分を犠牲にしたり、自分を責めがちな人は注意した方がいいでしょう。
①苦手を乗り越える≠好きになる
苦手な人≒心のレッスンとしてみることができ、それを越えていく過程があるとします。
重要なのは決して苦手な人を好きになろうとする必要はないという点です。
言い換えれば、課題を乗り越える過程で、相手に協力を求めることはできますが、相手の反応や態度、言動までを変えていく必要はありません。
理由としては、協力的な場合はもちろんOKですが、
もしそのプロセスで、相手があなたを否定したり、相手のやり方を押し付けようとした場合、あなたが疲弊する可能性が非常に高いからです。
結局、どちらが正しい間違いの話になると、自己否定が癖になりがちな人は、
自分がいけない。自分がダメなのだ。というのは不毛な戦いに終わってしまう(レッスンとして残留する)でしょう。
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②レッスン≠善悪を判断するものではない
苦手な人を乗り越えようとすると、ぼくらのエゴはどうしてもどちらが正しくてどちらが間違い、勝ち負けにこだわろうとします。
大事なのは(最終的なゴールは)、自分はやっぱり間違ってなかった。相手(嫌なやつ)が異常だったんだ。と認めさせることでしょうか。
それとも、自分はなんてダメなやつだ。嫌われるのは良いところなど微塵もない自分の性格だからだ。と自分で自分を責めることでしょうか。
もし、それをしたいのであればそうした方がいいでしょう。
ただ、また「苦手な人」が出てきたとき、おそらく意味不明な心の格闘を強いられる可能性があると僕は思っています。
なので、おすすめとしては、苦手な人を変えることはせず、自分の閉じ込めていた価値観を認めてあげることです。
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③結果は気にしない
レッスンや学びとして捉えたとしても、もしくはそうでないとしても、人間関係ですので、どうしても不具合をきたす可能性はあります。
なので、自分の心の課題として向き合ってみたけど、関係は良好にならなかった。とか、向き合って悪化したとか、そういう結果論で、
どちらが正しい間違いを出してくると非常にやっかいな話になると思います。
やりたいこと、できることは精一杯やるのがあなたですからどうなったとしても、どこの誰にも非はありません。
縁というのは巡り巡るのでやんわりいきましょう。
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苦手な人に対処していく方法
さて、ここからはどう対処していくかみたいな話をします。
まず、苦手な人に対処する方法として、例えば、距離を置く、とりあえず向き合う(頑張れるところまで)などの選択があると思うのでそこを整理します。
①切り離す(ちょっとプラスに考えれたら良い)
人間関係なので、僕は相性の善し悪しはあって当然かなと思います。
苦手な人とは、どちらが正しいかでぶつかったり、もやもやを抱きながら送るより互いにさっぱりいっちゃう方向性を目指した方が楽です。
その過程で、もし自分の心の引っかかり、いわゆるレッスン的なものに向き合えたら素敵です。
ただ、その過程でもやっぱり上で挙げた注意点は必要で、なんでわかってくれないんだクソおお!とか、自分がどうせダメなんだ。とか必要以上のこだわりは
健全ではないのであまり自分自身がくよくよしない方向性を目指すと良いと思います。
(簡単に切り離せない関係だから(仕事上の付き合いとか家族関係とか)、悩んでいるんだよ!!という人は後述するのでもう少々お待ちください。)
②とことん向き合う
次に取れる可能性のある選択肢としては向き合うです。
こちらも人それぞれ程度があると思うのですが、上述の③をベースに、できることを精一杯やる方向性がいいでしょう。
この向き合うというのは、やっぱり僕は自分の心の引っかかりに向き合う方が健全かなとは思うんですが、
もし相手のニーズと自分のニーズが合致していない場合は非常に疲弊します。
なので、休みながらちょっとずつ自分にも相手にも向き合っていくのをおすすめします。
③苦手な人≒自分と置き換えた場合のステップ
基本、レッスンとして見る場合、苦手な人≒自分と置き換えて価値観のアップデートしていく場合は以下のステップになると思います。
①認識する→②理由を探す→③痛みを癒す≒フラットにみる→④手放す
相手のことが苦手だ、嫌いだ。という自分がいることにまずOKサインです。
ある程度復活してきた段階で、今度はなぜ苦手なのか、嫌いなのかを探ります。この過程である程度自分の心が反映してくる部分がでてくるでしょう。
心理学的な分野では、ビリーフにアプローチするとか、スピリチュアルでは潜在意識の書き換えというやつです。こちらはめちゃくちゃ方法があるので自分に合うものでOKです。
最後は、そこに残留しないようにします。結果、関係がどうなるとかそういうのも、たぶんこの段階だとどっちでもよくなっている感じです。
いわゆる心のブロックとか、ビリーフとかはこういうステップが一般的です。詳しくは以下の関連記事に書いているので興味のある方はぜひご覧ください。
番外編:エネルギーカット
もし、エネルギー的な繋がりを感じる人であれば、こちらをやるのも効果的です。
いわゆる、エネルギーコードをカットするというやつです。
イメージで、相手と自分の線を切るのが一番ポピュラーなやり方になります。
エーテルコードをカット!不要なエネルギー断ち切り自分を守る方法
苦手な人から自分の身を守る方法
こちらは物理的にどうしても距離を置くことが難しい場合の救急箱として役立つ方法になります。
言い換えるなら、どうしても関わりを持たないといけない人から逃れる。のではなく、受ける影響をミニマムに抑えるイメージです。
もちろん、苦手な人に向き合っている途中の人もいくつかヒントにしてもらえそうな部分もあるでしょう。
①心の準備運動を忘れない
苦手な相手といきなり関わったり、突然出くわすときには不可避ですが、ある程度関わる時間帯だったり、日が把握できている場合は、準備しておきましょう。
あ、今日は苦手な人と会うから・関わるから、あんまり影響を受けないようにしておこう。とか、終わったらゆっくり休もう。とか、そういうんで良いと思います。
出会いがしらにボディブロー食らうよりは、準備しておくと、リバーに刺さりません。
②まともな議論を避ける(相槌だけうつとか)
どうしても苦手な人と、話をかみ合わせようとしたり、議論を穏やかに進めようとするとたぶんですが失敗します。そうでなければ苦手にはなりませんから。
だから、なるべく言い合い、議論は避ける、議論になったとしても逃げるが勝ち(肉を切らせて骨を断つみたいなイメージで)精神でいると楽です。
どうしても反論したい場合、感情や自身の経験、思考・推測に基づいた話を出すとわからないので事実を切り取ることをおすすめします。
③気持ちよく転がす(気持ちいいポイントを把握しておく)
プライドに重きを置く人、世間体が大事な人など、人には「気持ちよくなるポイント」が存在すると思います。
苦手な人のそういう部分を知っておくのは強い武器になります。その数や経験が増えれば増えるほど、苦手な人の理解を助け、手のひらで転がすこともできます。
僕は以前の職場のボスがとても苦手だったんですが、
ストレス溜まっているときはわざと怒らせたり(発散させたり)、自慢話をしてくるときはちょい大げさに相槌を打ったりしてました。
いやあ、嫌なやつです。
④100%理解しようとしない
苦手な人を100%理解しようとすると、おそらくですが、頭や思考、感情や心がもっていかれます。
スピリチュアル的な視点で言えば、分かり合えない個性はない。という人もいますが、無理なものは無理で、正直時間もエネルギーももったいないです。
理解をしようとする姿勢はコミュニケーションや人間関係を構築する上では大切なものですが、結果100%理解しなくてもあなたや相手に責任はありません。
⑤感情的にならず事実を切り取る
苦手な人、嫌いな人は心のどこかしらが反応してしまうケースがほとんどです。
言葉で感情的にならないこと。事実だけを並べることとはわかってもできないから苦手なんですよね。
ただ、やっぱり相手が真実とするものにもし縛られているとしたら、その真実に真っ向からぶつかるとおそらくけがをします。
感情をなくしなさい。ということではもちろんなく、なるべく事実にフォーカスできる自分を作っていきましょう。
⑥素直さで接する
嫌な相手でも苦手な人でも、純粋に尊敬できたり、評価できる点がある人もいます。
(僕の以前のボスは嫌ではあったけど、仕事に対する姿勢・情勢の捉え方は尊敬していました。)
なので、色眼鏡をかけすぎず(すべてをダメ、合わないと思いすぎず)、良い部分には直接でも心でも拍手を送っておきましょう。
⑦自分の尊厳を守る(リクエストは伝える)
苦手な人と接するのはものすごく体力のいることです。
特に相手の気持ちを慮ってしまう、ついつい気にしすぎてしまう人にとってはよりつらい時間です。
だからと言って、相手の思うまま、正しさや正義をあなたに浸透させる必要はありません。
自分の領域を守るために、相手への要望、自分の心を伝えることはしていいでしょう。
⑧誹謗中傷に留まらない
苦手な相手の中にはあなたについての悪評を流す人もいるかもしれません。
ただ、それはその相手、あるいはその周りからみた世界でしかありません。
言い返してもおそらく分かり合えないから、留まることが徒労に終わってしまう可能性が高いです。
誹謗中傷をされた側はそんな余裕は生まれないときもありますが、なるべく聞き流しましょう。あなたの世界を理解してくれる人は絶対います。
⑨相手の悪いところを言いふらさない
もし、相手があなたに対して悪い評判をながしたり、言いふらしていたとしても、自分がそうやったら同じ土俵に立つことになります。
やったことは100%返ってくるとは言いませんが、相手の嫌な部分を言いふらすことで自己嫌悪に陥るくらいなら、周りに言わない方がベターです。
まあ、嫌な人は嫌ですから。ちょっとくらいなら愚痴ってもOKでしょう。
⑩相手も自分も卑下しない
苦手な人が苦手に映るのは極論ですが、感情です。言い換えれば心のどこかしらがリアクションを起こしています。
その過程で自分を下に見たり、相手を下に見る必要はぼくはないと思います。
ただ、そういう人。ちょっと性格が合わない相手ですね。それ以上の付加価値を自分にも相手にもつけてもメリットがあまりありません。
(わかっているけどそれができないから苦手になっちゃうんですけどね。)
⑪すべて自分だと思って観察する
受ける影響をミニマムに抑える。と冒頭でいいましたが、
これができるのはそうとう余裕のあるとき、そして冷静に穏やかに相手と自分の境界線を敷けるときです。
やっぱり、スピリチュアルっぽく言わせると、すべてはエネルギーの共鳴と反射と存在で成立しているので、色々な人の中に自分を見出す作業をできるときは
してみるのもアリです。
もらえるものはもらっておきましょう精神です。
自分の境界線を守りつつ・・
苦手な人への対処方法は考えればおそらくたくさん出てきますが、
接していくうえでいかに自分の境界線を守っていくかが影響を最小限に抑えるコツです。
それでも苦手なものは苦手ですから。そして、人間なのでいずれへっちゃらになるかもしれないし、どうしてもわだかまりが残ることもあります。
ただ、ビートルズ先輩の言葉を借りなら、「Life is very short, and there’s no time. For fussing and fighting, my friend.」精神です。
人生はめっちゃ短いからくだらないことにエネルギー使っててもしゃあないよです。自分がどうしたいのかを優先させていきましょう。
まとめ:苦手な人は成長としてみられるけど、どっちでもいいね
ぼく自身の話をすると、基本苦手だ。という人とはあまり時間を割きません。お互いに無駄だし、もったいないですから。
でも、どうしても苦手な人と関わるというのであれば、いい人間観察の材料ができたなとまず考えます。
関係をよくしようとか悪くしようという意図が出るかは別にして、
人間のバラエティの豊かさを広げるチャンスですよね。(言わずもがな自分の価値観などもです。)
まあ、でもトータルで言ったら逃げる方が多いですが。
レッスンとして捉えるなら苦手じゃなくて自分の好ましい人もレッスンになるっぽいと僕は思うんですけどね。
みなさんは苦手な人、嫌な相手はどうみていて、そしてどう対応しているでしょうか?
いつも読んでくださって本当にありがとうございます。