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笑いの種類と効用。人生はトゥルーマンショーかもしれない件

ペドロ

今回は「笑い」を主眼においています。
ニヤニヤ。ニコニコ。フッ。

まめたろう(僕)

※この記事は、「笑い」における効用を外側と内側に分けて説明して、さらには横にまで広げちゃうそんな内容になります。普段みなさんが笑うときってどんなときですか。

笑いにも色々な種類があります。今回は笑ってワクワクしていれば波動が軽くなるとか、笑いで病気が治るとかそういう話にはなりません。どちらかというと、笑いの観察日記的なモノに近いでしょう。

そしてある一定の笑いはある文脈での覚醒や目覚めに近いモノがあるかもしれません。

笑いにおける外因性と内因性

どうもペドロです。

今回は笑いを掘り下げてみたいと思います。笑いにもいくつかパターンがありますよね。あるのですが、大まかに2種類に割愛し、笑いと微笑みに焦点を当ててきます。

まず、あらゆる意味での通常の笑いは外因性ですよね。コメディ映画やら誰それの馬鹿話、くすぐり?のような外に原因があります。そして爆笑(誤用ですが許して)や大笑いした時エネルギーの発散が起きます。

発散と言っても疲弊することは少なく、ほぼほぼ不純物のようなものでかえって笑った後はスッキリしますよね。大抵はその不純物が無くなっただけで人は健康維持に繋がると思いますね。それほど重要です。

この笑いが内因性の時なんですが、その前に僕の瞑想体験をお話したいと思います。

僕は6年程、朝と夜に瞑想する習慣がありました。その当時夜の瞑想が終わり、体の機能も復帰して立ち上がった時、無性にまた座りたくなりました。この無性に、というのは鼻が痒くなったら掻くために自然と手が鼻にのびてしまう、という文脈と全く同じものです。

そして半跏趺坐(はんかふざ)を組み、目を閉じてしばらくすると『全ては冗談だ…』という理解がやってきました。その後しばらく笑いが止まりませんでした。なにせ人の営み全てがおかしく見えたからです。この笑いにはここに書けない不謹慎な笑いも含まれます。

これは笑えるけどあれは笑えない、という類いのものではありませんでした。自分の、他人の名俳優ぶりにおかしくてしゃあないという感じです。なんで皆そんなに深刻な顔をするのか、肩の力を抜けばいいのにと思ったものです。

スピリチュアルによくある、深刻さはいらないとメッセージは解ってしまえば深刻になるのは不可能という面もあるのでしょうね。内因性はつまり気付きによる笑いなんですがこればっかりは個人差あるかもしれないです。

ちなみに今は役所広司ばりの名俳優に戻りました(笑)

次は微笑みですね。外因性はまあ、芸人さんのなんとも言えないギャグを見た時とか?赤ちゃんや小さい子と目が合うと自然と微笑んでたりもしますね。悪い時は単なる唇の運動であることもあります

内因性の微笑みは上で述べた爆笑してエネルギー発散とは対照的に、エネルギーの充溢が内因性の微笑みです。満たされてるわぁって感覚です。最近こういった時間が増えてきて分かったことがあるのですが、こういう状態こそ引き寄せの法則が適用されやすいのかなと。

満たされてるので欲しいものや環境を思い浮かべるも『まぁいっか』の精神で手放しがスムーズに行われるんですよね。まぁ、合ってるかわからんけどね。

そんな感じです(外因性の微笑み)

ここまでありがとうございました。

ペドロ。

笑いにおけるエネルギーの変化

笑いにおける切り口がもう笑えますよね。え?

まめたろう(僕)

ここからは、ぼく、まめたろうが、笑いにおいて、自分がどうエネルギーの部分で変化していくのかを少し膨らませていきたい所存です。笑いも立派なコミュニケーションだし、そしてそれはエネルギー的に「観察」してみると気づきがあるかもしれません。

①笑いによるエネルギーの発散

ペドロさんが例に挙げてくれた、通常の笑いです。おもしろおかしいことで笑っちゃうときのアレですね。

そしてペドロさんが言うようにぼくも笑うことでエネルギーの発散が起きている部分が大いにあると感じます。エネルギーって言葉を使わないなら、心が軽くなるとか、ストレス解消になるとか、そんな意味合いです。

笑うとあのガンへの免疫的な役割を果たすナチュラルキラー細胞(NK細胞)が活性化されると実証されているのは要らないモノが浄化されるところにもあるかもしれません。

くだらない番組とか見た後にむしょうにやるせなさがおそってくるあの感覚はなんでしょうかね(笑)

②笑いによるエネルギーのバリア

この笑いは、苦笑いとかつくり笑いで生じるエネルギーだと感じます。場の空気やなんとも言えないときにでる作り笑い。年上の先輩や上司にこびへつらう苦笑い。

空気を和ませる役割をもつあの笑いですね。エネルギー的観点から言えば、もうこれ以上立ち入るなよ。的なバリアを瞬時に張るための「笑い」だったりしている感覚があります。

以前の記事の、「沈黙」における自己防衛的な部分にじゃっかん共通する部分があるでしょう。①をオフェンシブな笑いとすればこちらはディフェンシブな笑いになるのかもしれません。

③微笑みによるエネルギー補充

ペドロさんがいう満たされるわあ。で思わずこぼれちゃうような微笑みの類です。芸人さんのなんとも言えないギャグをみたときにこぼれる微笑みでエネルギーが満たされるかは個人差が大きいと思います(笑)

ただ、赤ちゃんがにんまりするときとか、そのにんまりした赤ちゃんをしてにんまりしちゃうおっさんとかをイメージすればわかりやすいでしょう。

ぼくの感覚だと、満足感や幸福感を感じているから満たされるわあ。が来るのではなく、その瞬間に在るだけの状態の自分になるから満たされるわあ。が来るのだと思います。

そして、その在るだけのときって、ペドロさんが言うように引き寄せの法則的なやつが勝手に適用されちゃう感覚がぼくにもあります。意識を越えた無意識の先の意識みたいな部分ですかね。よくわからんけど。

内側からくる微笑みも外側からくる微笑みも、エネルギーがそこだけに集まっちゃうそんなイメージです。

④笑いによる「悟り」

内側からこみあげてくるような笑いには、ペドロさんが瞑想体験をお伝えしてくれたように、気付きや「悟り」に近い感覚を同時的におぼえるときがあります。

ぼくも、星や月を見て、フハハハハハ的な笑いをしちゃうときがあります。瞑想体験もやばいですが、星や月をみて笑っちゃうのもそうとうヤバいですね(笑)

他にも、淹れたてのコーヒーを暖房で温まり切っていない寒いリビングで飲むとき、ほろ酔いで赤ワインをこぼしちゃったとき、何気にない一瞬にそいつがやってくることがぼくは多いです。思い出し笑いとはもちろん違いますね。

ペドロさんの場合、「全ては冗談だ。」という理解でしたが、ぼくもそれに近くて、自分の人生が実は誰かがみている映画のワンシーンの一部なんじゃないか的な感覚があります。ジムキャリーのトゥルーマンショー的な。

この誰かというのは限りなく自分に近い「誰か」だったりはしているんですけどね。

そういうときにエネルギーにはなにが起きているかというと、ぼくの感覚では、何も起きていないんです。笑いよって、自分に来ているわけでも外側に行っているわけでもなく、そこに存在しているだけのエネルギーに気付いちゃうようなイメージです。

この記事を読んで、思わず「おかしな」笑いがこみあげてきたあなたもなにかに気付いたと思います(笑)

いつもありがとうございます。

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