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地に足をつけるとは?スピリチュアルに傾倒することは現実逃避なの?

今回のテーマは「地に足をつける」です。

まめたろう(僕)

たっかぶり(妻)

逃げたい現実が強すぎる。

※この記事は、「地に足をつける」をテーマにスピリチュアルに没頭することは現実から逃避することに直結しているという考え方に関して、ぼくが感じているところを共有していく内容になります。まあ、切り取り方の違いかなと感じています。

スピリチュアル的なことの批判の1つの切り返しとして、「もっと現実をみよ。」「地に足をつけよ。」という声がチラホラ聞こえてきます。スピリチュアルなんか現実逃避やろ。って感じですね。

また、宇宙人とかプレアデスとかスピスピ言ってないで、地球に生まれたことをよく考えよ。みたいなこともよく聞きます。ぼくは、これらに関しては、蓼食う虫も好き好きだな。という感想しか浮かばないのですが、

おそらくみなさんが捉えている「スピリチュアル」が異なる。のが主な原因の1つなのではないでしょうか?「幸せ」の尺度が違うように現実もスピリチュアルな世界もぼくは境界線ってわりと曖昧なような気がしています。みなさんはどう感じているでしょうか?

スピリチュアルとはなにか?スピリチュアルにおける多様性

スピリチュアルとは何かと言われてもぼくは正直、定義がわかりません。ただ、わかりやすく言葉にするのであれば、目に見える世界目に見えない世界でざっくりわけていいのかなという感じがあります。

この境界線が白と黒、陰と陽の世界みたいにはっきりと分かれた方が好きな人もいれば、白い世界に生きているけど黒い世界も好きだな。とか、陰の感覚もわかるし陽の世界も良いなとか。陽だけが素晴らしいモノだとか。色々あるんじゃないかな~。というイメージです。

スピリチュアルにおける多様性

ぼくのなかにある「スピリチュアル」は多様性とほぼイコールです。小学生でもわかることばを使えば、いろいろなひとがおる。この一言に尽きます。

光や愛。覚醒や目覚め。宇宙人やどこから来たのか(出身星)、サイキック能力、引き寄せ、ツインなどなどがスピリチュアルと思えばそれは確実にスピリチュアルですよね。

一方で、目に見えない類も踏まえつつ、現実とわけて、それをどう活かしていくか、みたいな部分にフォーカスするのもまず間違いなくスピリチュアルでしょう。

何に対しても言えることではありますが、一気に美化したり、神格化したり、はたまた毛嫌いしたり色々なリアクションが人それぞれ起こるとぼくは感じていますが、ぼくらはめにみえないモノになると、その色がかなりハッキリと分かれて、

境界線や壁を明確にしたがる生き物のなのかもしれません。

そんな中で、ぼくが「スピリチュアル」が面白いと感じるのは、この「多様性」を色々な分野に比べる広くかつ大きくと感じられるからです。趣味や興味がコロコロ変わるぼくと相性がいいだけですね(笑)

過去記事で「スピリチュアル」における考え方は、できる限り広範囲で文章化しているので興味がある方は読んでみてください。

スピリチュアルに傾倒する人は現実逃避なの?現実とスピリチュアルにおける境界線

ここから少しずつスピリチュアルに傾倒することは「現実逃避」なのか。っていう話をしていきます。

ぼくは、これは現実とスピリチュアルをあまりにかけ離れているモノと捉えているだけなのかなという印象があります。まあ、本当にどちらでもよくて好みでしょうね。

仏教的なしきたりを大事にしつつ、キリスト教的な概念も取り入れちゃうぼくら日本人であれば、その曖昧さや境界線の薄さを現実とスピリチュアルにも適用させればぼくはもっと多様性がでてくると感じているのですが、

なぜか抵抗が強い人が多いです。まあ、ある種の「攻撃対象」があればぼくらは「自分たち」を正当化しやすくなる傾向があるっていうのもありそうです。

現実をみよ。という人にとっての「現実」

現実とスピリチュアルにおける境界線ってけっこう曖昧な気がしませんか?

現実をみて生きろよ!っていう人の現実って、例えば、学校行って、ある程度の年齢に行ったら働いて、お金稼いで結婚して、子どもできて、家買って親の面倒みて「善く」生きる。みたいな「現実」です。堅実っぽい現実ですね。

そこからちょっと抜け出して、例えば画家とか歌手とかアーティスト系の夢追ったり、起業家さんを目指したり、いわゆる就職しない生き方をしている人にも「現実をみよ!」っていう言葉を適用させます。つまり理想と現実は違うぞみたいな現実です。

「現実世界が大事」という言葉もかなり多様性があるにも関わらず、ぼくらは例えばお金を稼いでいる。とか、結婚している。とか、家庭をきづいている。とかそういうわりと狭い範囲の外堀り=現実になっていませんかね?

スピリチュアルに傾倒している人の「スピリチュアル」

一方で、スピリチュアルっぽいことに傾倒している人のスピリチュアルもぼくはけっこうバランス感覚どこいったん?って思うときがあります。

少し、偏った表現するのであれば、あなたは宇宙からきたスターシードです。使命があります。(現実はみずに、)宇宙に想いを馳せましょう。統合して目覚めてください。アセンションしなければもう間に合わないです。

みたいな感じですね。スピリチュアルなこと(多様性のある世界)であるはずなのに、なぜか画一性を一気に帯びさせるひとが多いような気がしています。「現実」をみよ!とは逆の方向なだけで、結局やっていること一緒感がどうしても否めない世知辛い世の中です。

目に見えない世界と目に見える世界

ぼくは、正義と悪みたいにスピリチュアルと現実は境界線がないくらいがちょうどいいのではと感じています。

もっといえば、実は境界線って曖昧なのではという感覚が強いです。以前も記事にしていますが、目に見えない世界の方が大事で力強く絶対だ。なんて主張は突っ込みどころが満載だし、目に見える世界で頑張らねば。みたいな意見も、少しとげとげしいですよね。

ぼくらは多様な現実感を日々、堪能しているはずだし、その多様な境界線に区切りをつけられないはずなのに、なぜかどこからか引っ張ってくる価値観でスピリチュアルと現実を白と黒の世界のように分けて考えます。

ケビンカーターと「ハゲワシと少女」からみる現実の境界線

少し話を逸らしますが、ぼくは国際協力という分野に興味をもっていたので、考えてみてほしいことを共有します。

ハゲワシと少女」という写真をご存知でしょうか?写真家のケビン・カーターがアフリカはスーダンで飢餓に苦しむ少女とハゲワシをファインダー越しに捉えた世界的に有名な「アフリカの飢餓」を象徴する写真です。

彼は、この写真がきっかけとなり、1994年にピュリツァー賞を受賞しています。

ガリガリにやせこけた少女を狙うハゲワシにもみえる写真です。

この数カ月後、カーターは少女が苦しんでいるのに写真撮っているなんて非道だ。と世界中から批難され自殺してしまいます。

この切り取った写真には背景があって、少女がハゲワシに襲われそうになっているわけでも、少女が飢餓で苦しんでいるわけでもなく、お母さんが配給された食料を取りに地べたにちょっとした時間放置しただけでした。

ぼくらが安易にアフリカ=危険=貧しい=ハゲワシも狙うほど少女は貧困状態にあると「決めつけた」結果の自殺であり、結果のピュリッツァー賞かもしれません。

みんなが感じている真実や現実はこうしてつくられていませんか?ある程度の決めつけ、行き過ぎた思い込み、作られた理想論、言葉なんでもいいですが、ぼくらの境界線は非常にあやふやなのに、こうであるべき。こうしなければとなると、

現実は一気に縮小されていきますよね。とりあえず、人間、一度はアフリカに行きたくなるっていう話ですよね。

参考 第3回 ピュリツァー賞が与えた影響National Geographic

スピリチュアルからみる地に足をつけた生き方とは?

今回は地に足をつける。を堅実に現実を生きるみたいなニュアンスではなく、オーラバランスから説明していきます。もちろん、堅実に生きることが地に足をつける生き方と感じているのであればそれはそれでいいと思いますよ。

①地に足の着いた=オーラバランスが良い

一般的に、チャクラは7つから構成されています。「オーラ」といわれるものですね。ぼくがヒーリングセッションでみさせてもらうと、地に足のついているひとはバランスが良いです。

尾骨のあたりを第1として頭のてっぺんが第7といわれていますね。以下の図がイメージしやすいです。

「地に足の着いた人」は、全体的なオーラのバランスがクリアです。第一から第七までブレがなく光が力強いです。

一方で地に足をつけすぎている人=(現実を生きよ!的な考えに縛られている人)は、第一はブレなく綺麗なのですが、直感的な部分とか、目に見えない不思議なパワーを毛嫌いしている、あるいは(自分も含め)あまり信じていない人に多くみられます。

(あくまで傾向です、ぼくが勝手に見えているだけですが。)

反対に、地に足をつけなさすぎな人=(スピリチュアルに傾倒しまくっている人)は、第七や第六は美しい感じもみえますが、第一チャクラどこいったん?って言う人が多いです。(笑)

ぼくらの面白さは、この絶妙なバランス感覚を知っているところにあるはずなのに忘れてしまっているところだと感じています。なんとなくどちらも大切じゃないですか?

オーラやチャクラについては以下の関連記事でも説明していますので、興味のある方は読んでみてください。

②批判や批難にエネルギー使いすぎない生き方

「地に足をつけすぎている人」にいえるのは、批判や批難にエネルギーをとても使っています。また、不幸やネガティブな感情にフォーカスしがちです。

やることなくて暇なら自分磨きに時間をあてた方が充実かも。とか、批判や批難する暇があるなら、鏡見つめていた方が良いかもってぼくは思っちゃいますが、大きい声では言いません(笑)

案外、自分の内側の方が楽しいかもしれませんね。

③盲信しすぎない生き方

スピリチュアルや占いに傾倒しすぎているひとも、バランス感覚をみにつけるともっと広く深く自分がみつめられるかもしれません。

自分の軸を何か別のモノに委ねたり、モノや人を神格化したり、美化しすぎたりするのは逆方向の自己批判や他者批難になりがちです。こちらも、常にヒントは内側にあるかもしれませんね。

④自分のアンテナを折らない生き方

とても重要なことなので、毎回言っている気がしますが、地に足をつけすぎても地に足をつけなさすぎてもどちらでも本当に良いのですが、敢えて地に足をつけるっぽい生き方を再定義するのであれば、自分のアンテナ、つまり興味や好奇心に嘘をつかない生き方が、

めっぽう後押ししてくれるでしょう。こちらもヒントは常にウチと今に在りですが、子どもをみているとよくわかります。

そして、スピリチュアルっぽい地に足をつける生き方のヒント集みたいなのは、以前書いた、「宇宙の法則」の記事に共通するとぼくは感じています。全ては波動で、意識が現実を象るのかもしれませんね。

まとめ:現実を生き切るのもスピリチュアルで現実逃避するのもバランスが大事かも

ぼくの率直な意見では、現実に生きよ!地に足をつけろ!という考えも、スピリチュアルな世界がすべて。と思うのも、本当にどちらでも構わないし、いろんなひとがおるよなあ。という感じですが、せっかくなのでバランス感覚を持つともっと楽しめるかもしれません。

Netflixに「Youー君がすべてー」っていうサイコパスを描いたドラマがあるんですが、サイコパスな主人公が女性をストーキングするストーリーが展開されています。

主人公のジョーはサイコパス決定なんですが(笑)、あらゆる視点であらゆる登場人物に感情移入してみると、全員サイコパスなんじゃないか説に辿り着きます(笑)(妻とドハマりしたドラマです。)

自分の正義や自分のマインドってどこに置くのも間違いじゃないし、すべて正解なんですが、その主張やエネルギーを強くしたり、弱くすると一気にそれらの境界線が浮き彫りになってきます。

現実とスピリチュアルも一緒で、自分が何が好きで何を信じるかはとても自由で多様性があるとぼくは感じていますが、それを雁字搦めにしたり、押し付けたり、絶対そうだ!と決めつけることは、もったいない気がしています。

案外、ぼくらってファジーなところにいるかもしれませんね。みなさんはどう捉えていますか?

いつも読んでくださってありがとうございます。

8 COMMENTS

びわ

私はいわゆる「現実」だけを見て頑張ったら、つまらなくなって苦しくなって、スピを勉強し始めたら現実を生きやすくなるヒントに沢山出会えました。現実だけを生きていたらひたすら我慢することだけが解決策しか与えられず、自分も思い付かず、辛かったです。
ただ、知らないうちに目に見えない世界に念を送っていて、自分が苦しくなっていたのも事実です。先日のセッションで念を弱めてもらうことができたのは驚きでした。例えるとジブリの「かぐや姫の物語」の最後に出てきてかぐや姫に掛けられる衣みたいな。ああ、こんなことできるんだと。それでまた現実が生きやすくなったので、2つの世界が揃ってこそって感じですね。

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まめたろう

びわさん
コメントありがとうございます!
なるほどなるほど~!そうですよね^^
バランスが大事だとぼくも感じています。いつも読んでくださってありがとうございます!

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あいお

当たり前に割に境界線なく感じてた事なのに
周りの反応が怖くて閉じ込めていた見えない世界 まぁなんとなく生きてきて色々あったはずの過去が幸せと感じ今が幸せで未来も幸せだと思うのはスピが意識する事なく私の中にあったからだと最近感じてます だからこそ
自分に興味津々笑!今は意識してスピを感じてるから面白いものを見つけた子供みたいに夢中になってる 宇宙の事も過去世の事も使命の事もアカシックの事もぽゃゃゃんとしかわかんないから知りたいと思う 半世紀生きて魂の入れ物がだいぶ古くなってきたから壊れる前に使命とやらを知りたいな スピ1つとってもいろんな人のいろんな活用の仕方や多分使命みたいなのがあって見てるだけでも面白いけどまめたろうさんの記事が私にはしっくりくる 喫茶店でたまらなく楽しい話を時間を忘れて話してる感覚
毎度コメントに見境いない…

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まめたろう

あいおさん

コメントありがとうございます!
自分に興味津々、最高ですね。

喫茶店でたまらなく楽しい話を時間を忘れて話してる感覚。
これめちゃくちゃ嬉しいです^^いつもありがとうございます!

P.S.
メールが送れないのでラインでメッセージ送らせてもらっています!
気づいたらご連絡いただければ幸いです^^

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まめたろう

あいおさん
お返事ありがとうございます。

怪しげなアイコンのお方です(笑)
とんでもないです~、警戒してスルーされると思ったので言っておいてよかったです(笑)

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