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いい人をやめる4つの方法といい人になりすぎている特徴

まめたろう
まめたろう

今回のテーマは「いい人」です。

たっかぶり
たっかぶり

よくわからんレッテルだよね

※この記事は、「いい人」についてその特徴やそれをやめていく方法なんかを共有してみる内容になります。

いい人であることは全然悪いことではないですよね。誰しも他人に好かれたいし、敵なんて作りたくはないですから。

それでもいい人であることといい人であることは自分の人生にそぐわず、それをやめたいのにやめられないパラドックスにいる人はわりと多い気がします。

今回はいい人であることのメリットやデメリットなどをまとめつつ、それをやめてみる方向性でいくつかヒントを欠いてみようと思います。

いい人になりすぎている人の何かしらに役立てば嬉しいです。

今回のお話の流れ
  • いい人がやめられない理由
  • いい人はなんでよくないの?
  • いい人になりすぎている特徴とサイン
  • いい人をやめる方法
  • いい人とスピリチュアルレッスン
  • まとめ

いい人がやめられない心理

まずはなんで「いい人」というレッテルにしがみつくのかをみてみましょう。

他人に好かれたい

人間だれしも、みんなと仲良くしたいし、誰からも好かれたいと思うのは当然のことです。ぼくも敵をつくるよりも、味方をたくさんつくったほうが安心です。

そして、他人に好かれたい!もてたい!人間関係を潤沢にしたい。と思うのは悪いことではもちろんありません。

ただ、いい人になりすぎると、「他人に好かれたい」という欲求よりも、「他人から嫌われたくない」という心理にバランスが偏る傾向があると個人的には思います。

言い換えると、他人から好かれるには、自分のニーズよりも他人のニーズを優先せねば。と謎の責任感が訪れている状態です。

自分のバランスが崩れているがゆえに、その足りない何かを他人で埋めようとする部分ですね。

なぜそうなるかは、そもそも他人を信頼していない(他人は裏切る)とか、自分に自信がないとか、自分が損をすればいいとかそういう経験や思い込みがあるという場合がほとんどです。

いい人であろうとすることがよくない理由といい人をやめるとは?

いい人になりすぎると何がびみょーなんでしょうね?

①「いい人」の定義が難しいから

「いい人」の定義というのがめちゃくちゃ難しいです。

理由はめちゃくちゃシンプルで人の価値観はそれぞれだから、万人適応できるような「いい人」は作れません。

もしかしたら、そのいい人というのは、世間の常識、倫理や道徳観、はたまた他人の感情や期待に沿う偶像かもしれません。

②結果「自分」ではなく、「他人」になろうとするから

いい人の定義がバラバラで偶像であるがゆえに、目指す自分像というのが他人によってつくられたものになってしまいます。

つまり、自らの人生や指針を他人由来にするため、自分自身という存在がゆらぎます。

その結果、何をしても自分で満足がいかなかったり、最悪のケースは他人のニーズにこたえられないと周りからバツの烙印を押すばかりか、敵を作ってしまう自分はダメだと自分で自分に傷をつけることになり、

その負のループが一生ついてまわります。

いい人をやめるとは?

いい人をやめるとは、他人から嫌われるように振る舞えとか、他人の敵になるように生きようとかそういうことではもちろんありません。

いい人であることで、人生がうまく回っているのであれば、それはなんの問題もありませんが、

行き過ぎてしまうとそれが他人や自分以外のあれこれから作り上げられてた偶像である限り、物事は矛盾をはらんだり、自分が苦しい思いをする可能性が高くなります。人生に滞りができちゃうんですよ。

なので、いい人をやめるとは、本来の自分自身で生きれば、人生はスムーズにいくのだ。というシンプルかつ純粋な仕組みにイエスということです。

簡単に言ってしまうと、他人の評価、期待、社会の常識や倫理観は、とても主観的で絶対的な基準じゃないから、

そっちばかりにバランスを設けるよりも、本来自分が追い求めておきたいものになっておこうよということです。

もちろん他人の気持ちや思いをくみ取ることはとても大事なことですが、それと同レベルで自分も大切だよ。ということをこのいい人というラベルは絶妙に教えてくれています。

いい人である特徴(いい人になりすぎているサイン)

いい人というのが他人に偏りすぎているものだというのがわかったところで、どんな時にいい人になりすぎているかをみてみましょう。

①他人のニーズばかり満たしている

他人からの頼まれごとや、要求はついつい優先するのに、自分のは一個もやってないじゃない。というのを無意識に繰り返していたらそれはいい人になりすぎているサインの1つです。

もちろん、自らすすんで他人のために動いたりニーズを満たすことは素晴らしいことですが、それ、自分を犠牲にしてまでやること?と自問自答する必要がありそうです。

②ついつい謝る

自分が悪いことをした、自分がダメだったと反省することはとても大事ですが、いい人になりすぎている人は、相手を傷つけることを過度に恐れるため、すぐに自分がいけないのではという思考パターンになりがちです。

自分は悪いけど、あなたのこういうところもびみょーだよ。と伝えることは人間関係を対等にしていく上では大切なプロセスであることもあります。

③素直な意見や考えが言えない

相手の気持ちをおもんばかったり、自分の立場を「無難」に抑え込むため、

いろいろな状況でのイエスやノーがなかなか言えなかったり、ついつい自分の意見を押し殺してはいないでしょうか?

④自分さえ我慢すればいい(犠牲者マインド)

自分さえ我慢すれば・・という思考をベースにそういう立ち回りになっていたらそれはいい人になりすぎているサインです。

どんな人間関係であれ、どちらかが優位に立つような関係性ははかなくもろいとぼくは考えます。それが家族だったり、パートナーだったりしたらなおさらですね。

自分と相手がちょうどいい天秤に乗る関係性が案外楽だったりします。

いい人をやめる4つの方法

ここからはいい人をやめるいくつかのアイディアをシェアしてみます。

①自分らしくいることに許可を出す

周りの空気を読んだり、相手の気持ちを必要以上にくみ取ってきた人がいい人をやめるのは簡単そうで簡単ではありません。

うまくいかないんじゃないか。人から嫌われるんじゃないかなどなど、自分の中のモンスターと戦う人も少なくないでしょう。

人間関係においていえば、いい人でいることをやめた途端に離れていく人がいればそれはもともとあなたの人生に必要がなかっただけのことかもしれません。

人生がカオスになっちゃうかも。という点においていえば、今まで使ってこなかった楽な領域にジャンプインすることになるので、不安が混じりながらも案外スムーズにいくことが多くなりますよ。

大事なのはどっちを選びたいかだけです。

②自分本来の「わがまま」をみつける

自分中心に生きると周りを傷つけることになる。という教えは確かに真になるシチュエーションも多いと思います。

しかし、それと同時に、自分中心に生きても、人を傷つけなかったり、わがままでもなぜか周りから共感を得て、好かれやすいタイプの人もいます。

いい人である人は、人を傷つけるようなことを自ら好まないはずなので、いい人であること(≒他人から嫌われないようにする)方向にパワーを使うよりも、

自分に合った「わがままさ」をみつけたり、模索する方に人生の多くを割いてあげることが大事だと個人的には思います。

自分らしく、自分自身の人生を生きることに、「頑張り」はいらないんですよね。

自己中心的な考えの長所と短所とは?自分勝手な人は直す必要がある?

③自分の境界線を自分で決める

いい人における学びは後述しますが、境界線の話になると思います。

自分がやったほうがいい範囲と相手の領域にあることを明確に分けるような時があってもいいと思います。

究極的に言ってしまえば、相手があなたに対して、ポジティブな印象を持とうがネガティブな印象を持とうが、それは相手に原因があります。

あなたの行動に対する結果ではないと思っても大丈夫です。

心の境界線を引く7つの方法!バウンダリーは健全な人間関係に必須?

④自分の思いは自由に表現してもOK

自分の思いや意見、言動とは本来ならば誰にも縛られるものではなく自由に表現していいものです。

他人を侵害して、横暴に自分の自由を謳歌しなさいということではもちろんありません。

いい人の基準が答えのない迷路を彷徨う以上、必要以上にあなたが他人のニーズを満たす必要はないということです。

他人のニーズを最優先して、自分を抑え込んでもやもやするくらいなら、誰にでも自由があることを思い出してあげましょう。

いい人であることとスピリチュアルな学び

いい人でいること、いい人でありたいと思うのは良いことですがバランスと学びがそこにはあるようです。

①境界線

人間関係を良好にしたい、嫌われたくないというのは、人間であれば自然なことです。

ただ、エンパス(他人の感情感覚に共感をおぼえやすい人)さんだったり、ついつい他人を優先してしまう人はその境界線のバランスが崩れているといえます。

本当にいい人というのは、自分の心をオープンにしつつ、しっかりと健全な境界線を分け隔てなく持てる人のことをいうとぼくは思います。

逆に、いい人を演じすぎてしまう人は、自分の心や核の部分にはしっかり蓋をしながらも境界線はあやふやなことが多いです。

②セルフラブ&リスペクト

繰り返しですが、他人を優先させることはいろいろな場面で役に立つこともあります。それでうまく回ることは多いです。

ただ、そのいわば尻拭いをあなたがしたいのか、それとも謎の義務感としてせねばと思っているかには大きな違いがあります。

もし、謎の義務感として、自分を損なっててでも他人を優先させてあげねば。と思っている人は自分のニーズを自分で満たす、セルフラブとセルフリスペクトの在り方をもう一度自分に聞いてあげてみましょう。

人生は自分自身として生きることでスムーズになるような仕組みがあるはずです。裏を返せば、自分自身として生きず、他人が望む「誰かに」なりきることは、矛盾や不調和なことが起きることになるはずです。

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いい人をやめたら人生が楽になるよ

他人を大切に慮ったり、傷つけないようにうまく振る舞うことはとても大事なことだと思います。

ただ、それって、自分自身を損なってまで、自分自身を無理に変えてまでするほどメリットあるのかな?と人間関係でいい人をついついやってしまう人は自問自答してみましょう。

そこには、境界線と自分に対するリスペクトが裏に隠れているかもしれません。

スピリチュアル的にいうと、人生のゴールは誰かが作ったいい人になることではなく、本来のピュアな自分自身でいることです。

カオスをつくる根本になりそうなエゴの願いに従うことをやめて、魂の願い(素直な自分)を聞き入れていくということです。そうなると、不要な感情や感覚はそれを達成する手段として適さないことにだんだんと気が付きます。

すると、誰かを満たすためのいい人ではなく、自分も相手も尊重できる自分オリジナルの本当にいい人にごくごく自然になるはずです。

もしそれでもウマが合わなかったらまた別の人生でその人とのご縁はつくればいいだけの話です。

いろいろなことから学びにできる人間は本当におもしろいですね。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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