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自然災害が起こるスピリチュアル的な意味や原因・理由をまとめてみた

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まめたろう

今回のテーマは「自然災害」です。

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たっかぶり

横から見るか縦から見るか。

※この記事は、台風や地震、噴火など地球で起こる「自然災害」について、スピリチュアルで言われているような原因や理由をまとめた内容になります。

ぼくのものすごく個人的な意見としては、自然災害や不慮な事故なんかをスピリチュアルっぽい観点から切り取る必要は特にないと思っています。

なぜなら、理由や意味も自分の解釈で自由でいいからです。

ただ、いわゆるスピリチュアルっぽい視点から敢えて「自然災害」というものをみるのであれば、結論から先回りしていうと、大枠で2つの視点があります。

ミクロでみるか、マクロでみるか、言い換えれば、個人やグループ(魂)のカルマでみるか地球のエネルギーでみるかです。

悲劇も喜劇にもそして、悲劇の中の喜劇にもオーバーともいえるようなリアクションをするぼくらはなんとも不思議な愛ある生き物ですね。

今回お伝えしたいこと
  • 自然災害が神様の○○説?陰謀論?
  • スピリチュアルからみた自然災害とは?
  • 自然災害とスピリチュアルの相性
  • まとめ

自然災害が起こる理由は神様や地球の怒り?陰謀論?

まず、初めに、ちょっと人間っぽい視点から「自然災害」についてありそうな意見をみていきます。

大枠では以下の2つです。

自然災害に対するスピリチュアルっぽい意見
  1. ザ・陰謀論
  2. 神様や地球の天罰

①ザ・陰謀論

都市伝説好きの人は、自然災害を人工災害として切り取る人もいます。

地震や台風は、○○政府の陰謀やで!とかですね。

SNSとかでも、地震のあるたび、台風が発生するたびに定期的に巻き起こる意見です。

②神や地球の怒り?

また、神様的な信仰が強かったり、倫理観がエッセンスとなっているひとたちは、このコンセプトを採用します。

人類が間違ったうんちゃらをしていて、神様や地球がお怒りになっているのです。とかですね。

物質主義に走った人間が自然信仰に回帰してうんちゃらとかですね。

③人間への制裁?

もう少し、個人的な話に集約させると、感謝ができていない素行の悪い人間に罪と罰、是正的な意味合いを込めて、起こしているで。となります。

もし、本当にこの考えが「正」だとしたら、ぼくはちょっとこんな神様は遠慮したいです。

まあ、罪とか罰的な考えはぼくらけっこう好きですけどね。

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たっかぶり

代わりに私が神をしてあげよう!

陰謀論や神様信仰に対する意見

ぼく個人の意見としては、陰謀論に関しては、全てとは言いませんが、一部はあるっちゃあると思います。

ただ、311とか規模的に大きい災害とかはナチュラルなものだと感じます。

そして、神様の怒りが・・とか、地球の人々の邪な心に制裁的な意味合いに関しては、ぼくは少し窮屈な考えだなという感想です。

理由としては、めちゃくちゃシンプルで、地球も神もそんなにちっぽけではない気がしているからです。

あと、このコンセプトに立つならば、正義とか悪って概念がしっかりと定義づけされていなければいけないでしょうね。言わずもがな、そんなのはコロコロ変わります。

地球は意識体かも?美しい地球のエネルギーと繋がり共存するアーシング

スピリチュアルからみた自然災害が起こる意味や理由・原因

冒頭で言ったように、スピリチュアルっぽい視点から敢えて自然災害を切り取るのであれば大枠で、ミクロかマクロの目線があります。

①個人やグループのカルマ

「カルマ」というと罪と罰あるいはネガティブ感情の浄化を人間っぽく想起させます。

ただ、ぼくはそういう側面よりも、予め計画してきた設定(魂の契約)という意味合いの方が強いように感じます。

被災する設定をしてきたとか、被災で生き延びる契約があるとかそういう個人的で如何にも点に集約した部分ではもちろんなくて、

それっぽく言うのであれば、ぼくらがみえる世界でもみえない世界でもちゃんと繋がりのある愛があるっぽいかもね~というところに気が付いたり再構築するパートです。

本当の愛とは何か?愛の種類とスピリチュアルにおける愛の存在とは?

②地球のエネルギー的なデトックス

マクロの視点で理由や原因があるとすれば地球のエネルギー的な浄化期間です。

こちらも重い波動→軽い波動に脱ぎ捨てるような意味合いだけで切り取る感覚はぼくには少なくて、

表現は難しいところですが「ただそうだった。」的な要素が強い感覚があります。

地球がダメだから、良い変化のために・・ってなるとこちらも良いと悪いの定義が非常に人間っぽくなりがちなんでしょうね。

良いとか悪いとかそういう文脈ではなくて、地球の魂のアップデート的には必要なことがベストなタイミングで起きただけなのかもしれません。

自然災害をどういう視点で捉えても・・

スピリチュアルっぽい視点で自然災害をみるなら大枠で以下の2つです。

自然災害が起こるスピリチュアルっぽい理由
  1. 個人やグループのカルマ
  2. エネルギー的な観点

どれが正解でどれが間違っていて、何が良くて何が悪いってことはぼくは究極ないんだと感じます。

もし、仮に自然災害を見えない部分での個人的な気付きや学びに繋げたいのであれば、

それは人同士の繋がりの強さだったり、悲しみや怒りも含め広い視点での愛への試金石と捉え直したいところです。

そして、もしもっと広い視点を持ちたいなら、宇宙とか地球とかみえない部分で起きている変化やゲートの開きっぷりに想いを馳せたいところですかね。

自然災害をスピリチュアルで見る必要ってある?

今回のテーマである部分がほぼ完了したところで、ぼく個人的な思い込みとして、自然災害をわざわざスピリチュアルで見る必要はないかもね。

という考えを共有しておきます。

辛い・苦しい体験など・・

倫理観だったり、罪と罰だったり善徳の話になったりすると、スピリチュアル×自然災害は格好のエサになる気がします。

つまり、辛い体感や苦しい経験などから学ばなければいけない。とか、日本とか地球人は重くてダメだから、淘汰されてうんちゃらとかですね。

ぼくら感動的な物語とか「良心」っぽいスポットをくすぐるストーリー大好きですからね苦笑

死生観について

あと付け加えるなら、死生観と自然災害って並列させる必要がないように感じるんですよね。

シンプルに表現するのであれば、もし自然災害で大切な人、身近な人を亡くされたり、いわゆるツライ苦しい体感があるのであれば、

スピリチュアルうんぬん抜きにして、自分の感情で解消できていない部分とちゃんと向き合う大切な時間につかってあげれば良いと思います。

そして、よくあるような、その経験を糧にして、今生きていることに奇跡を感じて感謝しましょうとかそういう部分だけじゃなくて、

死についてちょっと深く想像力と妄想力を働かせてもいいんだと思います。

まあ、この辺は本当に好き好きでリアクションがあっていいところですよね。

仮に今が死後の世界だとしたら?スピリチュアルにおける死生観と存在観

まとめ:自然災害をマクロでみてもミクロでもみても・・

殊、地震や台風など自然災害になると、日本では過去の経験などから、情報が錯そうすることが多いです。

そして、とりわけぼくらの想像力は局所的に、かつピンポイントに突き刺さりやすいですね。

ぼくは天邪鬼な部分があるので、悲劇に寄り添うのは正直ニガテなんですよね。そして、卑しい人間なので悲劇からみた奇跡を称賛するのにも違和感があります。

自然災害はおそらくこれからも地球に肉体として在る限り、しばらくは経験していくことになる可能性が非常に高いです。

そんなとき、ベストにできることは自分の範囲でやり尽くして、常に内にある輝きに焦点を充てておきたいなあ。と常々ぼくは感じています。

個にして全 、全にして個である世界のように散り散りになったモノが収束する過程の中で、

自然災害もそんなひとつの個としてみられたら、ぼくらはものすごく深いつながりをバラバラな土地の奥底に見出すのかもしれません。

みなさんは自然災害を通して、自分になにを見出すでしょうか?そして外側に何を映し出しているでしょうか?

いつも読んでくださって本当にありがとうございます。

質問や意見があればコメントやSNSまでぜひ。

ちなみに、宇宙っぽい視点とかみえない部分やエネルギー的な感覚を共有するのであれば、ようやくドバーっと来る気がします。(何が来るんでしょうね?楽しみです笑)

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