ヒーリングセッションやっています

スピリチュアルと宗教の違い。スピリチュアルにおける真実とは

まめたろう
まめたろう

今回のテーマは「スピリチュアルと宗教」です。

たっかぶり
たっかぶり

おざなり違いシリーズ

※この記事は、「スピリチュアルと宗教の違い」についてまとめつつ僕なりの意見を共有する内容となります。

「スピリチュアルって宗教っぽいよね。」っていうツッコミ人生で一度は聞いたことあると思います。確かにそれっぽいです。

このスピリチュアルが宗教と同じだったり、危険っぽい扱いをされるのは、

宗教はルールや規定があり、優劣がつき、スピリチュアルも同一視されるからだと思います。スピリチュアルリーダーとか胡散臭いですからね。

今回はネットで有名な宗教とスピリチュアルの違いをご紹介しながら改めてスピリチュアリティ的な世界観について考えてみましょう。

みなさんは、自分の世界観について何がメインの軸になっているでしょうか。

今回のお話の流れ!

  • 宗教の定義
  • スピリチュアルと宗教の違い
  • スピリチュアリティとは
  • まとめ

宗教とは?宗教の定義を考える

ぼく自身は宗教の専門家ではないのであれですが、色々と文献を読んだ結果こんな感じなのかなというところをまとめてみます。

①超越的存在についての信仰がある

これはわかりやすいですよね。神とかブッダとかイエスとかそういうやつです。

要するに人間を超越した何かしらの存在を認識し認めている世界観を持っています。

ただ、これを宗教の定義の1つとしてカウントしない哲学者もたくさんいますが。今回はわかりやすくいきましょう。

②信者がつくる社会集団

こちらもわかりやすいです。キリスト教徒や仏教徒が例です。

社会学的にみると、このグループというのは相互扶助の役割をしているんじゃない?ってツッコミも存在します。いわゆる地域の組合とかそういう感じです。

いずれにせよ、○○教みたいな名前が付けられるものを宗教と呼ぶのであれば、それが集団を形成しないものであれば、たぶん宗教とはいいがたいです。

③教義・ルールの存在

こちらも宗教あるあるです。

例えばイスラム教であれば、豚を食べちゃダメ。とかですね。

この教義は、宗教感が大きくなるほど、個人の行動を規定するものがほとんどだと僕は思います。

規定するというと窮屈ですが、要するに模範(正解)になるものがあるってイメージです。

④信仰をベースとした活動形態の有無

これはわかりやすくいうと、経典みたいなやつです。

超越的存在を信仰し、かつそれに基づいての行動規範があり、かつ、活動をする「形」の存在です。

お経読んだり、聖像になんちゃらしたりです。

⑤超越的存在が個人にリアルに影響を及ぼす可能性がある認識の有無

簡単に言えば、神さまを信じなければ地獄に落ちますよ。的なあれです。

○○しなければ、○○するとのところに超越的存在が入り、××するの結果のところにあるかどうかは謎だけどありそうな認識をその信仰している人たちがすれば、

それは宗教と言っても過言ではない気がします。

宗教もいろいろ&カルトとの違い

繰り返しですが、ぼくは宗教専門家ではないので、おそらくこれに足せるもの、あるいはそりゃないぜ!っていうツッコミはあると思います。

ただ、輪郭がないのと今回の話はおじゃんになるので、なんとなく線は引けているでしょう。

ちなみに、宗教と似ているカルトですが、こちらは、超越的存在が人間、あるいは人間に近いものとしてカリスマ性とリーダーシップがめちゃくちゃあって、

かつ、絶対服従。隔離。みたいなところに位置するのがカルトだとぼくは思っています。

神とはなにか?スピリチュアルにおける神様はどんな存在なの?

宗教とスピリチュアルにおける7つの違い

次に、宗教とスピリチュアルにおける違いについてですが、こちらはネットで有名な言説があるのでそちらを紹介します。

言わずもがな、宗教を少し揶揄していてスピリチュアルいいぜ。みたいな論調が多いです。

①宗教は教義的VSスピリチュアルは自由

宗教に関して言えば、信仰ベースで守らなければいけない戒律、ルール(ドグマ)があります。

一方で、スピリチュアルは自由なところが大きいです。特にルールなしってやつです。

②宗教は権威を示すVSスピリチュアルは解放を教える

原文では、宗教は恐れを植える。スピリチュアルは勇敢さを教えるみたいなものでした。良い感じにスピリチュアル寄りになっているやつです。笑

簡単に言えば、うちの宗教信じていないから不幸なんだよ!みたいなあれです。

ぼく個人の意見としては、スピリチュアルにもこういう部分って垣間見える気がします。

例えば、○○しないと波動が低いとか、過去世でいけないことしたから悪縁や悪霊に好かれるとかですね。笑

人はなぜか怖いものとか恐怖心とかの正体がわかると安心を覚えます。(だからこそ知ろうとします。)

でもたぶん突き詰めたら「それ」(みえない何か)がなんであれ、安心しているのがふつうなんだと思います。

カルマの法則(因果応報)とは?人生で繰り返すパターンから抜け出す方法

③宗教は罰が下るVSスピリチュアルはレッスン

宗教的な世界観では教義に従わないと、神からの天罰が下るのが常です。

スピリチュアルは痛みや苦しみ、何か良くないことが起きたとしてもそれを学びに変えるレッスンとして捉えます。

エックハルトトールは「苦しみの火種は意識の覚醒の光だよ。」と言っていましたね。

5次元世界に意識シフトしたことがわかるサイン。アセンション概念と新しい地球

④宗教は共依存VSスピリチュアルは相互依存

宗教は神や経典、教義がないと自分ダメだ。という依存を生みます。

反面、スピリチュアルは互いに独立しながらも、状況によって(助けやサポートが欲しい時は)互いにサポートし合える関係を生みます。

人やみえないものとの距離感ってとても難しいんですが、独立を前提とした世界観というのはやっぱり「自分が神聖なものである。」

という意識からスタートしている気がします。

第2チャクラの意味・場所・色とは?セイクラルチャクラを開き活性化する方法

⑤宗教は真実を教えるVSスピリチュアルは自分が真実になる

宗教において、真実とは何か?というアンサーはすべて神やその教義規範にのっとったものです。わかりやすいです。

ただ、スピリチュアルにおいては、真実を自ら発見していくプロセスがあるのでわかりにくくしっくりこない人もおおいでしょう。

いうなれば、真実は探求したり見つけたりするものではなく、自分が真実となるのがスピリチュアルですね。

スピリチュアルな道を歩む中で間違った・失敗したことベスト5

⑥宗教は他との分離VSスピリチュアルは1つになる

宗教は、基本的にはうちの教えが一番なんでよろしくどうぞ。的な世界観から、自分以外のところを認めない性質を育みます。

一方でスピリチュアルは真実は自分なんですが、いわゆるワンネスなのでそれをフラクタルなグラデーションとして分かち合うところがあります。

ワンネスとは?宇宙の正体や目的をワンネス意識で説明!

⑦宗教は道ができているVSスピリチュアルは自分で道をつくる

宗教的な世界観では、悟りでも天国でも極楽浄土でも、すでにルートが開発されています。開拓済みの道をこうすればいいよ。というのが宗教です。

一方で、スピリチュアルは悟りでもアウェイクニングでも参考文献があったり仲間はもちろんいますが、自分でオリジナルの道を開拓する節が強いです。

「こうすればいい。」という価値観が少なくて、「自分はこうしたい。結果こうなった。」みたいな価値観になっているイメージです。

だからこそ、わかりにくいんですけどね。

スピリチュアルにおける覚醒と目覚めについて大切な3つのことはたぶん1つ。

スピリチュアルと宗教って違うともいえる

これら7つの違いは主にスピリチュアル的な方に重きを置いた意見だとぼくは考えています。

まあ、明らかに宗教を揶揄していますから。

宗教もこんな側面ばかりではなく、おそらくぼくらの価値観や人生において重んじている信念がその教義を捻じ曲げたとも考えられます。

まあ、いずれにせよ、がんじがらめの宗教を想定すれば上のような違いはありそうです。

参考 7 Important Differences Between Religion and SpiritualityFractal Enlightenment 参考 7 Differences Between Spirituality and ReligionBeliefnet

スピリチュアルの教えとはなにか?スピリチュアルにおける教義。

ここからはなんとなく思っていることを書き連ねていきます。

スピリチュアルにおける教義≒価値観

スピリチュアルとは何か?という話は置いておいて、スピリチュアル的な観点から「教義」≒ルール、規則を切り取るのであれば、

それは価値観っていうことになります。

キリスト教だろうと、無神論者だろうと、人生における哲学。みたいなものがあるのは、自分の奥深くに価値観があるとされるからです。

要するにエゴ、マインド、感情、ブロック、トラウマ、古い記憶っていわれるやつです。

自分が真実になるとは?

先ほど、「自分が真実になる。」ってやつが出てきましたが、これはまさに。みたいな感覚がぼくにはあります。

スピリチュアルなことって知識や情報として、本とかYoutubeとかいろいろなことを通して学べるんですよね。

それこそ宗教に近いリズムもあります。

それらをすべて、一旦、自分のどの価値観と共鳴しているか確認してみましょう。

そして、もしそれらが要らないものなら先ほどのレッスンとしてみるのはどうでしょうか?

要するに自分が真実になるっていうことは、自分が真実だと思うものは受け入れつつも、同化しきらず、どんどん空っぽになっていく作業に近いと感じます。

スピリチュアルな言葉で言う、神になるっていうやつです。

スピリチュアルは簡単に言えば、自分の本来の存在が真実ということを知るためのツールみたいなものかもしれません。

そのために、自分が変わりきれるところまで変わりきったり、進み続けられるところまで進み続けたい気分です。

そういう意味では、情報とか知識とかそれこそスピリチュアルな教えみたいなやつってどんどんそがれていく要素も大きいでしょう。

まあ、ぼくは生きつくしても好きだからいろんな本とか読みますけどね。たぶん。飽きない限りは。

20世紀スピリチュアルと21世紀スピリチュアルにおける特徴の違い

まとめ:スピリチュアルと宗教は違うけどどっちがいいとかではないよ

違いシリーズ(ほかにもあるのかは知りませんが)はどっちが素晴らしいとかを追求するためのものではもちろんありません。

スピリチュアルと宗教はしばしば比較されますが、それぞれ違う脚本があるだけのような気がしています。

ただ、大きな違いとしてよく挙げられるのはそこにルールがあるかないか、そして優劣をつけていないかどうか。みたいなところです。

ぼくの知る限り、スピリチュアルな教えは本来優劣とかはないはずですが、個人個人の価値観と共鳴するので優劣ができているように感じやすいのでしょう。

個人的にスピリチュアルな教えとは、何もしなくても、自分がそして自分の存在がいついかなるときも完璧だということを再認識するための道具です。

完全で完璧な自分が今にあるってやつですね。

最終的には自分が誰とか何者かとかどこから来てとかどうでもよくなる(もちろん、なげやりにじゃなくてわかっているという確信が常にあるから)

のが肉体をもつスピリットのゴールだと感じます。

自分自身からの解放、おはよう、第4密度の世界ですね。そこまで至るにはいろんなレッスンがありそうですが。

みなさんはどう感じていますか?いつも読んでくださって本当にありがとうございます。

スピリチュアルが苦手な人はスピリチュアルエゴを理解するといいかも

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください