まめたろう(僕)
たっかぶり(妻)
※この記事は、社会不適合者をテーマにあらためてぼくらの人生をちょびっと見つめる内容になります。社会に適合できていない、24時間自宅にいまくるぼくに言われても説得力のかけらもないと思いますが、お付き合いください。
社会不適合者って言葉、けっこう刺激的ですよね。なにをもって「社会」で「適合」とするかが今回のお話の一部分になります。また、ぼく自身、ほぼ社会に適合していないし、そもそもこんな「社会」に適合したら自分終わるわ。とエゴっているぼくも少しはいます(笑)
あまり、偏りなくバランスをとりながら、社会不適合者についてみていきましょう。みなさんはしっかりと社会に適合していると実感していますか?それとも不適合だなあ。と感じているでしょうか?
社会不適合者の意味は?
社会不適合者ってことばはいつからできて、誰が作ったのか結構調べたのですが、でてきませんでした。造語の類ですかね。知っている方がいらっしゃったら教えてほしいです。
社会不適合者とは、簡単にいうと、読んで字のごとく、社会に適合できない人で、社会が求めることに適応できず、生活がキツイと感じている人。なんて意味になってくるでしょう。
社会不適合者における「社会」とは?
社会不適合者。って字面自体は強烈なんですが、ぼくの中で、この「社会」を一旦整理しておきたいです。日本語で社会不適合者というと、もちろん、この社会は、日本社会を示唆するでしょう。
では、みなさんにとって日本社会とはなんでしょうか?おそらく、大多数の人がイメージしているような「社会」だと思います。
小中高、行く人は大学まで行って、会社で働き、税金納める。なんて感じですかね。ざっくりの認識で言うと、「大人」あるいは成人になってから、働き出してからのコミュニティ。あるいは、家族、友人以外で形成する、「社会人」としての枠組み。
なんて言ってもいいかもしれませんね。(社会という言葉自体は、心理学や哲学、社会学、その他もろもろの学問で定義されているところが若干違うと思いますが。)
それぞれ社会について感覚が違うのは当然として、いわゆる共通概念っぽいのは、おそらく、ある程度の年齢ー学校に言っている人であれば、中学校・高校を卒業、大学を卒業してからの年齢ーを超えて作るコミュニティみたいなもの。
それが会社の人もいれば、バイト先、仕事をしない人であっても、そこを意味合いとしてもっている人が多いでしょう。
そして、この年齢ね、例えば、日本であれば定年退職の年齢を越えた人に対して、あるいは、赤ちゃんや子どもに対して、社会不適合者って言葉を使う人はいないと思うんですよ。
だから、今の日本社会でいえば、10代後半から40代、ないし50代くらいまでを指すと思っていいでしょうね。
まあ、そんな「社会」は正直ほぼ幻想とぼくは感じていることは抜きにして、殊、日本においてはそのような認識でほぼOKだと思います。
まあ、よく言われる社会人だったらこうあるべきとか、そういうやつに登場する社会ですね。こういう文脈で使われる社会不適合者はぼくはかなり狭義な空間や社会というイメージがありますけどね。
社会不適合者診断!特徴やタイプをまとめてみた
社会不適合者 特徴って調べると色々な記事を発見できますよ。社会不適合者にそもそも特徴があったからといってなんなのか。という話は置いておいて、ぼくは上記の意味合いでいえば、引きこもりバンザイなので、おそらく社会不適合者です。
そして、この社会不適合者にも当然ですが、色々なタイプがいますよね。ちょっとだけみてみましょう。
社会不適合者の特徴
ぼくが勝手に思う、社会不適合者っぽい特徴を挙げていきます。ここに当てはまれば云々というのは無駄なので、すっ飛ばしてももちろんいいですよ。
- 人付き合いが苦手or極端
- 好き嫌いがハッキリしている
- 集団意識や行動が苦手
- わりと独特
- 肩書気にしないorコンプレックスがある
- ラベルやレッテルが苦手orコンプレックスがある
- 他人を気にしまくるor全く気にしない
- 「社会的常識」の欠落or気にならない
- ルーティーンが苦手
- 変な人認定されるor自分でしている
- 仕事続かないorすぐ辞めがち
まだまだ、色々ありそうですが、とりあえず、こんなところで留めておきましょう。
社会不適合者の診断タイプ①仕事や肩書
社会不適合者の話になると、とりわけ日本においては、この仕事や肩書がネックになってくる印象です。ぼく個人の意見としては、ニートだろうと社会人だろうと肩書・仕事なんてものはどっちでもいいんですけどね。(自分を正当化しているだけかもしれませんが(笑))
つまり、仕事をしていない=社会不適合者。仕事をしていても、会社やコミュニティに属していない=社会不適合者。
肩書に関していえば、○○中退=社会不適合者。引きこもり=社会不適合者。ニート=社会不適合者。そんなイメージを大半の人が持っている印象があります。そして、前提としては、○○歳なのに。がけっこうな範囲で適応されちゃいます。
ペタペタとラベルを貼るラベル屋さんが多い、日本ですからね。
社会不適合者の診断タイプ②エゴってる(躁より)
これは、ぼくもおそらく自分の中でそういう部分が多少なりあるような気がしています。つまり、社会不適合者っぽい。とか社会不適合者としてみられることにちょっとしたエクスタシーを感じるような意味合いです。
高校行って大学行って、社会人やって、結婚してマイホームうんぬん、年老いて。みたいな「ザ!」のようなやつらとは違うんだ!自分は特別なんだ!みたいな。少し大げさですけどね。
社会不適合者を見下すのも、社会不適合者としてエゴっちゃうのもわりと同じ方向性の白と黒のさるかに合戦状態ですよね。
社会不適合者の診断タイプ③うつ寄り
②を「躁」寄りの社会不適合者としたら、鬱よりの社会不適合者っぽい人もいるんじゃないかなと感じています。
外に出ようと思っても出られなくて引きこもりになっちゃう。頑張って働こうと思っても、身体が付いていかない。学校や仕事に行きたくても行けなかった。などなどです。
精神的にまいっちゃう系のことはぼく自身が、経験していない、経験していても気にならなかったタイプですので、多くを語れませんが、生きていればそりゃあもう色々あります。
そして、たいていの日本コミュニティはけっこうこれに関して風当たりは厳しめかもしれません。
もちろん、まだまだ色々なタイプの「社会不適合者っぽい」人はいますよね。なかなかオリジナリティがあってぼくは面白いと感じています。
世界の偉人・奇人・変人は社会不適合者だった?
これ、エゴってる社会不適合者さんにはめちゃくちゃ心をくすぐる内容になりますけど、少しだけ紹介しておきます。世の中に革命もたらすのは変人・奇人説ですね。
まあ、これ考えれば当然ですが、社会不適合者だろうと、そうでなかろうと、世の中に革命もたらせそうな気はしますよね。
社会不適合者っぽい世界の偉人
こちらはけっこういるので、簡単な紹介に留めておきます
①ディオゲネス(哲学者)
古代ギリシアの哲学者です。プラトンに「狂ったソクラテス。」と言われていたり、逸話に事欠かない人物ですね。地位を求めず、家を捨てて樽に住んでいたようです(笑)自分にとって不要なものはすべて虚飾として身に付けず、犬みたいな生活してたらしいですよ(笑)
アレクサンドロス大王に、もし自分が大王じゃなかったら、ディオゲネスが大王やったらいいで。と言われていたらしいですね。
②ヘンリー・キャベンディッシュ(化学・物理学者)
18世紀の変人・天才科学者といえば、キャベンディッシュですね。彼は、「水素」「アルゴン」の発見、水の合成や地球の重力の測定に成功しています。ワンピースに出てくるキャベンディッシュは彼がモデルではもちろんありませんね(笑)
他にも、研究未発表のものでいえば、「ヒ素」の発見、オームの法則、クローンの法則、シャルルの法則、ボイルの法則なんかも彼の業績によるところ。なんて言われています。ニュートンレベルのやばいやつって感じです。
そんな彼ですが、極度の人嫌い。人見知りで、めっちゃ金持ち貴族だったらしいのですが、使用人とも顔を合わせずメモ帳でやり取りしていたとか。テレビや映画に出てくる引きこもりに輪を100個くらいかける感じでしょうね。
おれ、コミュ障だから!と言っている人をたぶんドン引きさせるくらいでしょう。うっかり顔を合わせた使用人をクビにしちゃったとか(笑)
③エリック・アルフレッド・レスリ・サティ(作曲家)
フランスの作曲家です。西洋音楽にめっちゃ影響を与えたおじさまですね。ドビュッシーとかラヴェルも影響受けたで。と言っているようです。
奇人ぶりを発揮するエピソードには事欠かないようで、信者が自分しかいない宗教を立ち上げ&その設定や描写をめちゃくちゃ細かくしていたとか、傘大好きで死後、大量の傘が自宅から出てきたとか、その傘でむかつく人攻撃していたとかね(笑)
他にも、フリードリヒ・ニーチェ、パブロ・ピカソ、ジャン=ミシェル・バスキア、レオナルド・ダ・ヴィンチ、みなさん大好き?スティーブ・ジョブズ(ぼくはWindows派です。)などなど、社会に適合していなかった偉人はおそらくたくさんいますよね。
みなさんは誰が好きですか?
社会不適合者に向いている仕事を探すためのステップ
さて、ここからはすこしだけ、ぼくが社会不適合者に向いている仕事?生き方のようなものについて、ぼくはこうしてきたっぽいというのを出していこうと思います。まあ、別に仕事しなくてもわりと生きて行けちゃうので大丈夫だとは思いますよ。
ちなみに、社会不適合者全員に向けて、これしたほうが良いっていうのはぼくのちっぽけな経験値では圧倒的に足りないので、そこは悪しからず。
①働かなきゃやべえという気持ちの整理
まずは、ここからアプローチすることをおすすめしておきます。まあ、日本にいたらほぼ仕事に触れないっていうのはけっこうムズいんですけどね。だって、仕事に美徳すら感じている人多くないですかね?
日本がきつかったら、海外に逃亡するもよし、そのお金が捻出できないのであれば、もし本当にどうにかしたかったらぼくの場合、借金します。とにかく、頑張らなきゃ。甘えてはダメだ。なんて気持ちなくして白旗あげちゃえばいいと思いますよ。
他人や周りがめっちゃ気になるなら、いっそのこと、片道切符でアンティグア・バーブーダだとか、国名だけはめちゃくちゃかっこいい国に逃げてリセットボタン押しちゃいます。
②興味のあることだけを追求
色々なタイプの社会不適合者さんがいるとして、社会向いてないと感じるのであれば、ぼくだったら、頑張って適合させる方向にパワーを使うより、適合しない選択肢&適合できそうな社会を探したり、作れば早いと感じます。
社会をつくるのはけっこうシンプルだと思っていて、世界の偉人・奇人みたいに多少へんなやつ認定されようが、自分の興味だけを追求すれば良いと思います。
③指標や軸は常に自分
○○歳になったら働いて、結婚適齢期にはパートナーと出会って、○○代くらいには・・みたいな人生計画、あるいは大半の人がそうするのが「普通」と思っている社会性はぼくの感覚だと幻想に近いです。
もちろん、それが好きで、満足感・幸福感を得ている状態であればめっちゃ良いですよね。そういう人生。
だからといって、それを誰かに強要することも、反対にその「普通」っぽい人生をバカにしたり、私は違う!!みたいに捉われるのもけっこう疲れると思います。
社会不適合者も社会適合者もその境目って有耶無耶な気がしていて、結句、基準って自分にしかないものだと本当に思います。
だから、ぼく自身、自分以外の誰か、例えば高校や大学の同級生からみたら、「社会不適合者」に思われるかもしれませんが、自分で自分をみたらぼくほど自分の社会に適合している人間はいないんじゃないかなと自分を褒めまくります。
適合してようがしてまいが、本当にどっちでもいいんですけどね(笑)
例えば、あなたがアマゾンの奥地に生まれたら、スーツきてバリバリに仕事する道を選んだらそれ、アマゾン部族にとってめちゃくちゃ異端児、社会不適合者認定まっしぐらですからね(笑)
日本は二重国籍認められていませんけど、外国国籍だって取得できますからね、日本人なんていつでもやめれます。案外社会なんてないのかもしれませんね。日本人バンザイです。
社会不適合者に適した生き方ってある?どうすればいいの?
せっかくスピリチュアルブログって言っているので、スピリチュアルなことにも少し触れておきます。
とはいえ、社会不適合のスピリチュアル的な意味とかは、強いてあげるなら「特にない」です(笑)色々な人がいるので。
ただ学歴コンプレックス、肩書コンプレックスの類で、自分は社会に適合できていない社会不適合者だわ。と思っている人は、もっと広い視野で世界をみつめてあげるといいです。
ぼく、10代前半の頃、生まれた故郷が田舎で山に囲まれていたこともあって、自分は一生このままここで過ごしていくのか。なんて暗澹たる思いをけっこう抱いていた気がします。
ぼくにとっての社会がそれだけで終わっちゃうかもってことに結構失望していたんでしょうね(笑)でも、一旦その山を越えて、別の場所に行ったら、その山のなかの社会も、山を越えた社会も、別に違いはなかったです。ちょっとモノや人が多いかそれだけの違いです。
結局自分の外にある社会なんてそんなもんで、いくらでも自分の内側で社会形成・崩壊できるってことに気が付くと楽かもしれませんね。
まとめ:社会不適合者でも良いから自分には適合しておいた方が楽かも
今回は社会不適合者をテーマにしてきました。みなさんは、今どんな社会にいて、それが本当に自分にフィットしているでしょうか?
社会にフィットしすぎて、自分忘れがち。なんて人もいるかもしれません。
ぼくは、心地良くて満足感を得られているのであればそれ自分にも社会にもフィットしているからめっちゃいいね!と思います。ぼくはサラリーマンっぽいやつやってみて、都会の風に吹かれてみて肌に合わなかったので来世はそんなやつもやるかもしれません。
そしてぼくと妻は子どもがいますので、彼が自分の目でどんな社会をみてどんな社会にダイブするのかけっこう楽しみです。
日本の小学校に通うのか謎ですが、給食だけ食べに行くとか、あとは暇つぶしに好きな授業だけ受けにいくようなスタンスでもいいとは思っています(笑)
自分がこうだから、こうせよ。みたいな部分は右にも左にも上にも下にも寄りたくなくて、なるべく彼の感性の邪魔をしないで、社会っぽいやつに触れてみて欲しいですね。
少し話が逸れましたが、常識やルール、在り方に関して「確固たるもの」、「すべきもの」はひとつもないとぼくは思います。とりあえず、やってみてダメだったらまた次に。
合わなければコロコロ、フワフワしていても、自分のアンテナだけは常にしゃんとしておいてもいいかもしれません。
いろんなやつが、奇想天外な奇天烈なやつがたぶんある程度、一定数いた方が地球も宇宙もバランス取れそうですよね。みなさんはどう思いますか?
いつも読んでいただきありがとうございます。