今回のテーマは「間違った道VS正しい道」です。
私は間違えようがないのである!
※この記事は、自分の人生が正しい道に在るのか、それとも今現在、間違った道に在るのか。どんなサインがあるかを共有してみる内容になります。
スピリチュアル的な視点から言っても、それっぽい視点から見ても、人生に間違いとか正しいとかはありません。
理由は超絶明確で、そもそも正しいとか間違いには基準が必要で、突き詰めれば正解がないからです。
大多数の人がイエスといえばそれが正解なのかと言われたら、そんなことない。というのは歴史をみれば火を見るよりも明らかでしょう。
ですので、今回は、間違い。正しい。というニュアンスはスピリチュアルの言葉を借りれば、
魂の声を聞いていそうな。道のりを指してみたい気分マンマンです。
みなさんは自分オリジナルの指標を持っているでしょうか?
今回の流れ!
- 間違った道にいそうな時のサイン
- 良い感じの道にいそうな時のサイン
- 進むべき道とは?
- まとめ
人生で間違った道を歩いているときに現れそうな11のサイン
繰り返しますが、間違った道というのはほぼないと思います。なのでこれらのサインがあるからダメだ。というよりは、
ちょっと変化させてみよう。とか、新たな可能性が出てくる一歩手前。
みたいな感覚をもつといいと誰かが言っていますよ。
あと、この「間違った」というのは僕ら個性があるので、言わずもがな人それぞれで、あくまで僕の主観的な世界によるものです。
①興味関心が無くなる
興味や関心は、内側から沸き起こる最もパワフルなものの1つだとぼくは思っています。
永遠とは逆説的ですが、刹那を表すので、人間関係や仕事、その他自分の情熱が失われたらそれは、道の転換が求められているかもしれません。
「続ければみえる道もある。」というのは正しいですが、内側に1%でもパッションがあればを前提にした方がいいのかな。と感じます。
まあ、人それぞれですが。
②同じことを繰り返す
人生で同じパターンを繰り返している。あるいは、行ったり来たりしている感覚が強くなるとき、
それはあなたが新たな可能性に気が付いていないときなのかもしれません。
「同じ」はもちろんメリットもめちゃくちゃありますが、もし、ネガティブな意味合いで同じパターンを繰り返していたらセルフチェックしましょう。
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③身体の疲弊感・倦怠感が強い
心、精神、身体は三位一体のようなもので、身体が発する信号にもアンテナを張るといいでしょう。
ぼく自身の過去の体験から言えば、ちょっと違うなあ。という感覚が増えると、身体がだるくなるのもありましたが、お肌に出てきました。
自分の身体で一番弱いところが一番早く根をあげちゃうイメージをもってもいいでしょう。
④自分のためより、人のためが大きい
こちらは、自分の本質や性質に「自己犠牲」がない人向けです。
突き詰めれば、人生とは自分自身そのものを体現している側面が大きいので、もし自分より他者優先が必要以上に顔を出し過ぎていたら、
それはあなたにとっての正解ではないのかもしれません。
⑤自己受容が下手になる(自分を疑う)
「私はめっちゃすごいぞ!!」など、100%の自信をもって自分の人生を切り開ける人は稀だとは思いますが、
やっぱり自分に対して許可、許容ができない状態が続いていたら、それは変化のときです。
ポジティブな意味合いで「まあ、いいか。」「よしよし、自分の目はクリアだな。」と自分に対して言える日はどのくらいあるでしょうか?
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⑥「周り」が必要以上に気になる
自分の人生を順風満帆に歩いているとき、僕の感覚では、周りがそこまで気になりません。厳密にいうなら、気にならなくなるに近いでしょう。
人のことはどうでもいい。みたいなアグレッシブな意味合いではもちろんなく、自分にできること。やっていくこと。というのは常にベストであって、
周りからの影響を受容するスキマが大きくないイメージがあります。こちらもある文脈では、自己犠牲や自己受容、セルフコンフィデンスの領域ですね。
周りが気になりすぎているときは、自分の人生の舵を誰が取っているかもう一度思い出してあげましょう。
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⑦依存傾向が強くなる
人に頼ること、サポートを受けることはもちろんとてもいいことだとは思います。
ただ、行き過ぎた「干渉」は依存を生む可能性が高いです。依存、そのものは良くも悪くもないんですが、「自分以外の何かがないとダメだ。」
という思い込みが強くなると、これまた自分の道がわからなくなるという面白い場所に僕らはいるようです。
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⑧思考が止まる
スピリチュアル界隈では、考えすぎるのはよくない。みたいな風潮がありますが、これは、(個性や対象などについて)吟味が必要だとぼくは思います。
間違ったっぽい道にいるとき、端的に言えば「ロボット状態」にあります。
Aさんが言うことは例外なく正しい。Bさんはダメだ。というジャッジメンタルな顔が主張をし、自分の判断力が鈍ります。
慣れることは良い面もありますが、もしそれでうまくいっている感が少ない時、それは考えるのを受動的にやめてしまい、
ネガティブな意味合いで自分に投げやりになっている合図かもしれません。
⑨精神的にネガティブになる
これは、わかりやすいですね。
しっくりこない所を歩いている時、身体もですが、心も闇に向かうことはありますよね。
これは個人的な感覚ですが、慢性的にネガティブゾーンにいる場合は「変化」ですが、
変化を起こしてからあるいは起こす前にネガティブゾーンにいくっていうのは「正しい道」だと感じます。まあ、状況によっても違いますが。
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⑩好ましくない出来事が慢性的に続く
これはわかりやすいですね。「好ましくない」はあくまで主観です。(突き詰めてしまえばすべては主観ですが。)
変化が必要なとき、好ましくない出来事が一発屋的に起こるというよりは、②のニュアンスのように慢性感が漂っている感覚がぼくにはあります。
慢性的に好ましくない現実が起こると感じている時、本当に色々な要素があり、意識拡大のチャンスともいえますね。
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⑪「好ましい」と錯覚する出来事が起きる
この辺は伝えるニュアンスが難しいですが、
これは「正しいんだ!」「わたしが負のループにいるはずがない!」と偽りの自分を自分に言い聞かせているような状態だったり、
あるいは心の奥底ではピンと来ていないけど、周りを優先してその道にいる。みたいな感じですかね。
悪魔の誘惑やささやきみたいなものをイメージしてみても面白いでしょう。まあ、自分のハートがピンと来ていたら特に気にする必要もないとは思います。
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間違った道というのはチャンスでしかないかも
どんな事柄においてもですが、間違っている感が強すぎる時、前向きに今の現実を再定義することは難しいですよね。
ぼくもめちゃくちゃ一緒です。
ぼく個人の意見ですが、人生とはある種の答え合わせのようなものだと思っています。
「答え」というものは人それぞれ個性があるので、全く違います。物理的な答えもあれば、空想的な答えがあってもいいし、
答えがないことが答え。なんて人がいてもすごく面白いです。
間違っている感がやんわりしてフラットかつフラクタルな自分になると、間違いすらもすべてパーフェクトに用意されていたご馳走のように感じちゃうから不思議ですよね。
あと、今回示唆した間違った道のサインは万人に適用されるものではなく、あくまでありえそう。みたいな目線でみてもらえると発見も大きくなると思います。
よくわかりませんが。
人生で進むべき正しい道にいるとわかる11のサイン
今度は反対に、わりと順調っぽいですよ。みたいなサインをピックアップしてみましょう。
僕の個人的な感覚では、めちゃくちゃ幸せです!最高です!!と強く肯定するよりは、
「まあ、こんな感じでいいのかもなあ。」的なニュアンスが大きい人もいると思います。愛すべき個性です。
①なんとなく「良いかも」が増える
繰り返しですが、この世界は主観的概念がほぼ100%を占めていると感じています。
力強くイエス!マイウェイ!!という人もいるとは思いますが、ぼくはゆるーい感じで、
「なんかいい感じだなあ。」「正しいかはわからんがフワフワするなあ。」と隠居したおじいちゃんを想起させたい気分です。
②先行きが予測不能
人生の設計図がパーフェクトに描けて、まさにその通りに歩む人もいるとは思いますが、人間というのは奥ゆかしいのでそんな人は稀な気がします。
不安と期待が入り混じる中で、先のことがわからない。でもなんとなく大丈夫かもな。
みたいな謎の安心感や自信に切り替わる領域は、まさにあなたの道でしょう。
③人生がバラバラに瓦解する
「壊れる。」という語源は諸説ありますが、「土」そして、「死者を懐かしみ思う。」という意味があるそうです。
ぼくの中で一気にすべてが壊れるというのは、新しい土台作りが行われる再生の始まりというニュアンスを大きく含んでいます。
もちろん、そんなことを繰り返しまくっている。とか、慢性的にそんな感じ。という場合は色んな角度から見た方が良いとは思いますが。笑
美しい家を建てるにはまず下準備として、土台のアップデートが必要なときもあるでしょう。
④身体も精神も調子いい
自分にとっての良い道にいると、やっぱり心も体も精神もすっきりしています。
この辺りも個人差があって、ハツラツで元気満タンです!という人もいれば、まあ、わりといいかなというファジーな感覚が充満している人もいそうです。
ぼくの場合は、元気満タンです!!というよりはナチュラルな感じがしっくりきます。
⑤自分の世界を優先する
正しい道にいると感じられるとき、ぼくは自分の世界で自己完結しています。
これは他をないがしろにする。とか、周りにアグレッシブにあるいはディフェンシブに反応があるとかはなくて、ナチュラルな状態で、
自分の人生、まずは自分というイメージです。
⑥出来事をシンクロと思える
シンクロニシティは意味のある偶然の一致という解釈がメインですが、スピリチュアルっぽい解釈に頼ると、因果の一致と言えますかね。
要するに、自分のエネルギーがそのままの現実に反映されていると実感できる状態だと思います。
出来事に善し悪しはないんですが、自分の状態が整うとシンクロっぽく思えるから不思議です。
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⑦奇跡をフツウに感じる
思ったことが現実になった!すごい!奇跡だ!という気分の高揚は悪くはないんですが、エネルギーや波動的観点から言えば、
「まあそうだろうな。」って感じになります。冷たい人間ですね笑
個人的な意見としては、奇跡というのは誰かや周りだけではなく、あくまで自分にとっての奇跡にこだわりたい領域ですね。
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⑧「過去」と「未来」が気にならなくなる
ぼくにとってわりといい状態にあるときは、過去への執着、未来への理想があんまり気にならなくなります。
「どっちでもいい。」というと投げやりに聞こえますが、そうでなはなく、ポジティブな意味合いで今が人生と謡いだすようなイメージです。
⑨刹那的に不安や恐怖心が強くなる
これは、ずーっと本来の道にいて。というよりは、今までの自分から変わるときに起こりやすい、湧きやすい感情の1つだとぼくは思います。
ずっと奥底に恐怖心や不安感が付きまとうような心の状態ではなく、古い自分が変わるために脱ぎ捨てる殻のようなイメージですね。
新しいこと、今までにない自分って怖いんですよね、理由は単純で慣れ親しんでないからですかね。
⑩精神的に「なんでもOK」感が強くなる
やっぱり、自分本来の道にいると、良いことも悪いことも起こるとは思いますが、なんでもバッチこい感が強くなる人が多いのではないでしょうか。
こちらも前述のとおり、なげやりにどうでもいいやあ。と匙を投げるのではなく、何が起きても楽しんじゃうような自分が顔をだすようなイメージです。
僕の空想の世界では、このなんでもOKのとき、だだっ広い空間に、混沌と調和と無と静と動が混ざり合っているイメージが出てきます。
まさにお祭りですね笑
⑪思考が深くなる
自分が良い感じのスポットにいると、視点や視野がとても広くなります。
この思考が深くなる。という表現で誤解してほしくないのは、なんでもかんでもあれこれ考えて注意散漫になるような状態ではなく、
そんな状態を鳥のような目線から俯瞰していて、あらゆる可能性の中から自分がピックアップできるものを潤沢に持っているようなイメージです。
考えすぎるというとネガティブな意味合いが出そうですが、思考の渦に浸かるとぼくの場合は結構心地よかったりします。
正しい道ってつまらない?
人生というのはとてもふくよかで、いろんなストーリーがあります。
正しい感が強い時、物理的な「成功」(自分の描いたプランが現実になる的な)もとても大事ですが、それだけが正しい道にいるサインとは限らないと僕は感じています。
理由はすごく単純で、この「成功」はやっぱり比較しなければ、基準がなければ成立しない世界観だからです。
物理的なところも大事にしつつ、やっぱり心や精神、スピリットや魂に照準を置くことも自分オリジナルのストーリーの大切なスパイスになると感じますよ。
たぶん。
人生における正しい道と間違った道の違いとは?進むべき道はないかも?
ここからは蛇足的に僕が「道」について思っていることを共有します。
自分の性質やテーマを知る
今のぼくは、一応ヒーラーっぽいことをやっているので、色んな人の色々なストーリーをみる立場にいます。
いわゆる「正しい道」にいるっぽい人は無意識的に自分の持っている性質やテーマを知ってて、そこに抗っていないという見方もできるでしょう。
波乗りしているイメージですね。
反対に、「間違った道」にいるっぽい人は無意識的に性質やテーマを自覚しながらも、
例えば家族関係、仕事との人間関係などで、その性質やテーマに抗ったり、認めたくない!という強い抵抗感ができているという捉え方も可能です。
正しいとか間違いは本当に全くもってないんですが、如何に自分の愛すべき個性を理解していくかが人生を楽しむコツの1つなのかなと今の僕は感じています。
まとめ:正しい道とか間違った道はないけどみんな蝶になりますよ
話が唐突に飛びますが、僕は「蝶とさなぎ」の話が好きです。
さなぎが殻を破って美しい蝶になろうとするとき、自力で殻を破った場合、華麗に宙を舞う綺麗な蝶になります。
反対に、さなぎが自力で悶えているのを苦しいだろうな。早く綺麗な蝶になりたいんだろうな。
と思って誰かがそのさなぎに切れ目を入れて手助けすると羽ばたくことなく一生を終えてしまうことがあるようです。
ぼくらの人生や魂もこれに似ているシチュエーションは多々ありますよね。苦しい経験は最高の結果を得るために必要だったのです!
という綺麗な文脈で終わらせるという解釈ではなく、人生や魂、道というのはいくつものフラクタルな宇宙を形成していて、
最終ゴールの蝶には結局みんななっちゃうんだろうなという意味不明な解釈ができるので、ぼくはこの話が好きなんですよね。
まあ、その蝶が美しく宙を舞うかは個性なのですが笑
ちなみに、これまた余談ですが、蝶はギリシャ語で「psyche(プシュケ)」と言います。これは魂やサイキックの語源でもありますね。
いやあ、面白いです。
みなさんは自分の人生、自分のストーリーをどう解釈していますか?そしてこの世界に芳醇なスパイスをたくさん持ち合わせているでしょうか?
いつも読んでくださって本当にありがとうございます。