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波動やエネルギーを感じた体験談と境界線ゼロポイントの波動の高さについて

ペドロ

今回は、僕の波動体験について。
感覚と妄想の間にくるアレです。

まめたろう(僕)

※この記事は、たいていの人が意識することはほぼない「波動」について、どんな感覚や体験したかをお伝えし、波動やエネルギーを改めて見つめ直してみようという内容になっています。

人と会ったとき、音楽や映画を聴いたり見たりするとき、なにげない通勤風景、日常生活において、すべては視覚以外の情報からぼくらが感覚や感情を思い起こして、もしかしたらその先の行動や結果までをも生み出しているのかもしれません。

波動を感じる体験

これでいいのだ。

どうもペドロです。

皆さんは良い波動拳出してますか?(とてつもない誤字)

ということで今回は波動を取り上げてみたいと思います。と言っても波動の話はまめたろうさんが色々な記事で取り上げているので、掘り下げというよりはそれにまつわる体験談等を書いてみます。

僕は天気の良い日に庭の木々や植物を眺めるという楽しみがあります。特定の何かを見るわけではないのですが、風に揺れる草花や青空を背景に木を見るのが好きなのです。最近これはとても贅沢なのだと気が付きました。

いつものようにぼんやり庭を眺めていると、植物から波動を受け取りました。どのようなものかと言うと、強風にさらされた草木、雨風を一身に受ける大木、太陽に照らされ続ける植物達。それらの情報をイメージ、文字など色々な角度から全て同時に理解しました。

この瞬間的な理解を噛み砕いてみますね。知っとるわ!って方は飛ばして下さい。

絵画モナリザの特徴を口頭で1つずつ聞いて全貌の把握を試みたとします。『白人女性で…微笑んでいて…左手に右手を添えていて…黒髪で…ゆったりとしたダーク系の服』となんとももどかしいですが理解できなくはないです。

というか普段の生活において大抵この方法ですよね。何か複雑な事を一息に理解することはありません。上記の瞬間的同時理解は絵画そのものを見てしまう感じです。

視野も広くなっていて特徴を1つ1つ確認せずともすっきりと分かります。加えて言うと、そこにヴィーナスの誕生と真珠の耳飾りの少女も同時に見えます。

そして僕に送られてきたメッセージは風にさらされようとも、雨風でびしょ濡れになろうとも、太陽の光に照らされ続けようとも文句1つ無く全て受け入れるあり方そのものでした。

特に『これでいいのだ』というのが一番強烈に送られてきましたね。当時自分の人生に悲観的だったのでかなりぶっ刺さりました。植物にも人間とは違う形かもしれないですが意思のようなものがあるのでは、と思いましたね。

この体験と元々僕がいろは歌に感じていたニュアンスを掛け合わせ出来たものが剛訳、いろは歌になります。

エネルギーの交換

続いても植物が関係した体験になります。その当時パニック障害を患っていた僕はリハビリを兼ねて散歩をしていました。例のごとく発作が起きてしまいます。

一応パニック障害のパニックとはどんなものかと言いますと、一言で言えば死の恐怖になります。内部で発生した正体不明の死の恐怖が無限に増幅し続けます。死んだことないんで分からんのですけど実際死ぬ時より怖いかもしれません。ですので対処が難しいのです。

話を戻します。発作が起きた時、近くに自生したツツジがたくさんありました。ツツジは花が満開の状態で、雨をふんだんに蓄えた雲のようにエネルギーが溢れんばかりでした。

ふと、呼ばれたようにツツジを見やると、まめたろうさんで言うエネルギーの交換?が起きて活力がみなぎるまでに元気になりました。交換と同時にツツジが明らかに『役に立ちたい』『出来ることはないか』という類いのメッセージも発していました。

明らかに、と強めに言ったのはこのようなやり取りは誤解が起きにくいと僕が勝手に思っているからです。この体験も植物に意思がある云々の一因となっています。

植物達から得た情報は複雑な部類でした。これが人間だったらとんでもないのでは?と思うかもしれませんね。実は波動の強さ自体はあるのですが、発しているものは意外とぼんやりしていることが多いです。

僕は本屋やスーパー等で万引きGメンを見つけるのが得意なんですが、何故かと言うと疑いの波動が半端ないからです。その波動をもろに受けると目の前で人格否定されたくらいの不快感があるんですよね(結局は出してる本人によりますが)。

暇な時はGメンを追っかけてGメンのGメン、みたいな遊びをします。

ある人にプレゼントをした際には、クリティカルヒットしたのかその人の波動を浴びてるだけでこっちまで踊り出しそうになりました

ちょっと残念だったのは取り繕ったようにありがとうと言われた時には良い波動が途切れてしまっていたので、良識というのも考えものだなと実感しました。

将来的には個人の出す波動が重要視される時代が到来しそうです。波動の美しさを競う、ミスコンならぬハドコン、とか。波動による嫌がらせ、ハドハラとか。身だしなみの中に波動調整が含まれるようになるかもしれません。

さて、エンパスや勘の良い方ならちょっと前からお気づきだと思います。何行か前から別段オチは無いという波動ガンガン出してますからね。

ここまでありがとうございました。ペドロ。

波動とエネルギーの境界線のお話

GメンのGメンごっこってやっぱ変態ですね(笑)

まめたろう(僕)

ここからは、ぼく、まめたろうが、波動の体験を交えながら、何をどこで感じるかについてイメージを共有していきたいと思います。

波動については、ぼくも記事にしましたが人やモノ、万物がもつ特定の周波数やエネルギーのことです。

難しい言葉を使わなくても、例えば、水道水と天然の山や川から流れる水、ファーストフードと有機野菜。都会のビルに囲まれた空気と田舎の自然溢れる空気。ぼくらが触れた瞬間、味わった瞬間、「なにかが違う。」と感じるアレです。

それを聞き慣れない言葉で要約すると、波動や周波数、そしてエネルギーとなっていきます。波動が低い。高い。エネルギーがある。ない。そんなイメージですね。

そして、ぼくの感覚だと、周波数が高いモノやエネルギーをぼくらがキャッチすると、ぼくらはテンションがぶちあがります。逆に低いモノをキャッチするとテンション爆下げです。まあこの辺りは人それぞれだったりしますね(笑)

すべては波動で個々の感覚はそれぞれなので波動を体験することを言語化するのはぼくにとって少し難しく感じますが、人生で一番、人からエネルギーを受け取ったお話を共有します。

以前お伝えしましたが、ぼくはアフリカに行ったことがあります。アフリカのシャーマンの波動(エネルギー)注入が思い出せる限り、たぶん一番今まで強烈でした。

布切れとほぼイコールの服装を身に纏い、掘っ立て小屋みたいなところに住むおっさんで、貝殻を使った、「占い」をするんですが、滞在中に何度かお世話になっていました。的中率でいうとほぼ100%です(笑)

いつもどおり「占い」をしてもらい、ボロ小屋を訪れたとき、そのおっさんが、いきなり「今日は祈りを込めるで!」と言い始め、あぐらをかいて、目を閉じて深呼吸し始めた途端、

強烈にぼくは(もちろんいい意味で)鳥肌が立って、全身の細胞がぶふぁあああっとオンになりました。そして、ペドロさんの言うような「これでいいのだ」という感覚だけがぼくの中に残留し続けるのでした。

今になってあのおっさんの「祈り」という行為を思い返してみると、あのおっさんはぼくに向けて、彼のもつエネルギーを注入したというよりは、むしろまったくの逆で、完全におっさんはおっさんの自己に入り込んでいた。ただ、それだけの行為でした。

けっこうキモイんですけど、おっさんが「祈った」あのときあの瞬間だけは、おっさんとぼくの境界線が無くなっていたんだと思います。おっさん=ぼく=空気=宇宙。的なそこにはただ在るだけのぼくだった気がしています。

覚醒とかなり強烈に波動を受け取るっていう行為はぼく自身限りなくイコールのイメージがあって、つまるところ、モノや人との境界線が無くなるんだと思っています。ペドロさんが植物からの波動を受け取った時もまったく一緒なんじゃないでしょうか。

なんとなくエネルギーを感じるときは、たぶん境界線がまだまだはっきりと輪郭をもっています。それがダメなこととか不完全とかそういうことではなくて、ただそういうモノなんです。

その境界線ゼロ状態に、意味を見出すのはそのときのその瞬間の自分の波動がけっこう影響しているイメージです。それが心地いいのか悪いのか。すごいのか、やばいのか、取るに足らないのか。

波動が共鳴するその先の波動は自分の周波数やアンテナ次第なところがあります。

だから、よっしゃ!波動を感じるぜえええ!とか波動高くするでえええ!とかそういう気合いや気負いは、波動を受け取るのには、まったく逆効果で、結局は、シンプルに、自分の意識を、自分の中心(すべてのモノ)にぴったりと合致させる。ただそれだけなんです。

この自分の中心にぴったりと合わせる感覚って、人それぞれでなんとも伝えにくいんですが、自分が神って思えばそうなる人もいるし、今にフォーカスするとそういう状態に近づくひともいるし、なにげない一瞬からそれをキャッチするひともいます。

敢えてその共通点を見出して言語化するとすれば、完璧かつ完全なる自分だけの世界なんだと思います。みなさんはどんなイメージを「波動」にもっているでしょうか。

そして、ペドロさんのいうように、これからは個人の出す波動がたいせつになってくるんじゃないかなってぼくも思っています。スピリチュアルがどうとか、精神世界がどうとか、そういうややこしいことではなくて、

自分と「自分」との間にチグハグなところがないか。自分が「自分」で在るのか。統合や調和がキーワードですね。

波動の美しさやエネルギーの高さをみるときも、一緒です。

野菜はちゃんと野菜っぽい野菜なのか。とか、その人はちゃんとその人とマッチしている人なのか。とか、その空気はちゃんとその空気で余計なモノが入り込んではいないのか。とかね。

究極に自分の世界を中心として自分に据え置きしている存在のそのまた中心部分に、ぼくらはエネルギーを見出していたりはするんだと思います。

だから、波動による嫌がらせやセクハラをしたければ、その中心あるいはその人の意識をズラしてあげることがポイントですよ(笑)

波動の高いモノをキャッチしたければ、境界線を意識するといいかもしれません。ゼロポイントの境界線にテンションぶち上がったらあなたも正真正銘の変態っていわれちゃうかもしれませんね(笑)

 

いつもありがとうございます!

2 COMMENTS

スピカ

最近このサイトに出会い、何度か気になる記事を読み返しています。ペドロさんはパニックもう治ったのかなぁ。
私もパニック障害だったのですが、今は治った気がしてるのにもう15年薬を飲み続けています。私はまだ体感を得ていないのですが、パニック障害を持ちながらも波動を感じたり覚醒を経験されてる方がいることに光を感じます。

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まめたろう

スピカさん
まめたろうです。ペドロさんの代筆させてもらいますね。

「コメントありがとうございます。僕は完治しました。一生外に出る恐怖が消えないと思っていましたが今は一切感じません。悟っちゃえば病気なんか治ると一時期躍起になっていましたが、僕の体感あまり関係無い気がしますね。ペドロ。」

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