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世のため人のために尽くす生き方こそが価値があり幸せな人生なのか?

今回のテーマは「世のため人のために生きる」です。

まめたろう(僕)

たっかぶり(妻)

神は誰にでも味方してくれるで。

※この記事は、世のため人のために生きることが、スピリチュアル的にみて、宇宙視点では良い生き方なのか。それとも自分中心の生き方をすればそれが良い生き方なのかについてぼくなりの考えを共有していく内容になります。

「世のため人のために」ってパワーワードはすごいですよね。ぼくも昔から祖父母に言われていたような気がします。確かに、自分のために生きるより誰かのために力が発揮できそうなところは多いですよね。

悲劇があった後のボランティア活動、悲惨な歴史でヒーロー、漫画やアニメなどに囃し立てられるヒーロー像は、すべてこの「人のため」「世のため」に集約される気がしています。

結論から言えば、世のため人のためだろうが、自分のためだろうが、「好みやで。」って話になります。

今回のテーマのポイント

  • 世のため人のために生きる生き方が善いのか
  • 自分のために生きる生き方が善いのか
  • 自己犠牲と利己的のエネルギー
  • 結局、好みかも。

世のため人のために尽くす生き方は正しい?間違い?

まずは、「世のため人のために」尽くす生き方について、正しいとする意見といや、間違いや。自分のためやろ。という意見についてまとめてみます。

世のため人のために尽くす生き方が正しい?

世のため人のために尽くす生き方のルーツをシンプルに探ると、孔子の儒教ですね。儒教で説く、基本的徳目に、「仁・義・礼・智・信」の5つがあります。その中の「義」がこれにあたります。

日本人である人であれば、この「義」は大切にしようで。っていうコンセプトはかなり根深く根付いているはずです。

だから、世のため人のために尽くす生き方が正しいし、善い人生を送るコツとされる意見としては、以下のような感じになります。

世のため人のために尽くすと・・
  1. 神様が味方してくれる
  2. 魂が成長する
  3. 徳が高まる
  4. 自分のためより人のための方が頑張れる
  5. いずれは自分に還ってくる

物凄く大雑把おおざっぱですが、こんな感じに集約されるでしょう。確かに、メリットが多そうにはみえまし、神様的なやつに味方されそうな感じはあります。

世のため人のためより自分のための人生

一方で、これに反論する立場に、いやいや世のため人のためとか嘘で全部自分のためやろ!って考えの人もいると思います。

ここのルーツは人それぞれだとは思うんですが、反対の立場としては、自己愛や偽善などがキーワードとして挙がってくるでしょう。

自分のための人生かも・・
  1. 人のためは偽善かも
  2. 「まずは」自分を愛さないと人のため世のためとか言えない
  3. 自己犠牲は嫌だ、できない、好きじゃない
  4. 自分に還ってくるのであれば自分のための人生じゃない?
  5. 人は結局1人だ

だいたいですが、こんな意見が出てきそうです。確かに、偽善や自己犠牲がニガテな人は多いし、結局自分のための人生やろ。って意見もぼくは納得できる気がしています。

自己犠牲のエネルギーも利己的なエネルギーも一緒かも?

世のため人のための人生と自分のための人生が多少比較できたところで、ぼくが勝手に感じているこんなエネルギーは結局一緒なんじゃないの?って話をしていきましょう。まあ、捉え方次第なんでしょうね。

世のため人のためでも自己犠牲はやりすぎ?

世のため人のために生きる人生でも、行き過ぎた「利他主義」は自己犠牲を招くとぼくは感じています。自己犠牲をもっと振り切ると、常にヘルパーズ・ハイでいないと自分が楽しくない自分を生み出すリスクがあるとぼくは感じています。

(ヘルパーズ・ハイというのは簡単に言えば、「誰かを助けることで、自分が幸福感を得ること」になります。)

「誰かのために、世の中のために善く生きる」は確かに、まったくもってその通りでしょうね。ド正論だと感じます。

ただ、「神様の恩恵待ち」とか、もし上手く回らなかったときになんで自分はこんなにしてあげているのに・・という現実と自分のギャップに悩んだり、肯定を「他」に求めることで自分で自分を認めてあげることが出来にくくなりそうです。

あくまで「他」に寄り過ぎた場合にはなるんでしょうけどね。

自分のためになりすぎてもキツイ?

一方で、自分のためだけに生きる人生も振り切り過ぎたらぼくはキツイ気がしています。

よっぽど鉄のマインド・・・・を持った人でない限り、誰からも認められることなく、徹底的にカツカツに自分で利己的に生きたら周りに人がいなくてわびしい。なんて人もつくるかもしれません。

ぼくらはまだまだ社会的価値観とか周りに助っ人がいないと、わかってもらえる人がいないと寂しさを強調させる生き物ですので、排他的な利己主義はやっぱりそれはそれでリスキーなのかもしれません。

要するに、バランスめっちゃ大事ということです。

自己犠牲も利己主義も一緒?

ぼくは、「世のため人のため」を自己犠牲に切り取る生き方も、「自分のため」を利己主義的に切り取る生き方も、方向が右と左に偏るだけで結局おんなじだと感じています。

まとめると、以下の感じです。

やりすぎた世の為人の為
  • 世の為人の為に自分を犠牲にする
  • 他人を助ける、世の為に生きる自分にエゴる
  • 軸は自分から他人やその他の「評価」に移る
行き過ぎた自分の為
  • 自分を主張しすぎて排他的になる
  • 「味方」がいなくなる、エゴが満たされずエゴる
  • 自分に軸はあるが、他と関わる中で信頼ができず自分を責める

大事なことなので、もう一度言っておくと、要するに、エゴとバランスっぽいですね。

世のため人のために尽くす生き方?自分のために生きる生き方?どっちがいい?

エゴとバランスが大事だということがなんとなく理解してもらえたと思うので、ここからは世のため人のために尽くす生き方が向いていそうなときと自分のために生きる生き方が向いていそうなときを勝手にまとめてみます。

世のため人のために尽くせば自分を取り戻せる人

世のため人のために尽くす的なマインドは行き過ぎたらヘルパーズ・ハイにもなり得ると言いましたが、あまりにも自己否定しすぎているとか、あまりにも成功体験が少ない人は、一度そちら側に立ってみるのはアリかもしれません。

つまり、自分のために生きるツールとして、言い方は悪いけど利用しちゃう方式です。実際に、ヘルパーズ・ハイのときに、脳内にドーパミンやオキシトシンなどいい感じのやつが分泌される実験データもあるようです。

もちろん状況によっては異なりますが。

世のため人のためのイイところ
  • 人や世の中のためになれば満足できる
  • 満足できれば、肯定感を求められる
  • 復活したら、自分軸になれる

 

気を付けておきたいのは、これが「ふつう」になるときです。誰かを助けることでしか自分のエゴを満たせなかったり、世の為にならなかった場合に自虐的に自分を責めまくる人は余計にキズをえぐることになるので要注意です。

自分のために生きれば人のためになっていく

自分のために生きてOKサインが出せそうなときは、おそらくエゴやめちゃくちゃ欲深い部分ではなく、ピュアに自分を信じられるときだと感じています。

だから、自分のために生きててそれが(エゴを刺激するのではなく)自然と勝手に・・・・・・他の人や世のためになるっぽいのであればそれはイイサインかもしれません。

また、反対に、当然ですが、他人とか世のために生きる余裕がないときはまず自分を癒してから。というのもアリかもしれません。ただ、この余裕がないときに、世のため人のためを適用させれば復活できる可能性があるのもぼくら人間の面白いところではあります。

自分のために生きてもOKかも
  • ピュアな自分に立ち返っているとき
  • 自然と勝手に良い循環になっているとき
  • 自分に軸があるとき

スピリチュアルにおける世のため人のために尽くす説VS自分のために生きる説

ここからは、スピリチュアルや宇宙視点で、世のため人のために尽くす人生と自分のための人生をみていきましょう。結論から先回りしていうと、スピリチュアルや宇宙視点では、「自」も「他」も分けないで個を重んじるから好みやで。って話になります。

自と他は分けないかも・・

スピリチュアルや宇宙視点では、自と他ははっきりと明確にラインで、境界線で分けないところがあるとぼくはあると感じています。簡単にそれっぽく言えば、ワンネス意識ですね。

これを「生き方論」に無理矢理応用させてしまえば、自分の人生は世のため人のための人生になり、世のため人のために尽くす人生は自分のための人生になります。なんともオシャレな生き方です。

かなり大雑把おおざっぱに言ってしまえば、自分のために生きる人生で自分第一主義に考えようが、世のため人のために尽くす人生で利他主義になろうが、結局は、どちらもいいんじゃない?って話になります。

個に焦点を充ててみる

なぜ、どちらでもいいんじゃない?って話になるかといえば、やっぱりスピリチュアルや宇宙視点での人生の意味は、「実験」と「データ収集」になるからでしょうね。

つまり、どんな生き方論を大事にして、それらをルーツにして生きようが結局は個が個を知り、その個が全を満たすからです。

ラグビーでいうところの、「One For All,All For One」に似ています。「ひとりはみんなのために、全ては1つの目的のために。」って感じでしょうか。

この「目的」というのは、人間っぽくかつスピリチュアルっぽい感じでいうと魂の成長とか魂レベルを上げるとかで、もっと俯瞰して自と他を分けずに考えれば、「宇宙が宇宙とはなんだ?」って知る目的です。

結局好みなんじゃない?

ちょっとそれっぽい話に偏りすぎましたが、要するに、スピリチュアルや宇宙視点でみようが、徳に重きを置こうが置かまいが、結局はぼくは一緒で、めちゃくちゃ好みだと感じています。

前述したように、世のため人のための人生も、自分のための人生もエゴとバランスの関係で、いずれにせよ偏りすぎるとリスクがあると感じています。だから、極論を言ってしまえば、ぼくは好き好きでいいんじゃないと思っちゃいます

世のため人のために自分のエネルギーを注ぐことがエゴをちょっぴり満たしつつ、自分のパワーを最大限発揮できる人はそうすればいいでしょう。

自分のために自分のパワーを使いたいって思って、実際にそうして自分が「良い状態」だな。と確信できる人は、そのまま突き進んじゃえばいいんだと感じています。

まとめ:世のため人のために尽くす生き方も自分のための人生も・・

今回は、世のため人のため・・、自分のため・・に関して思っているところを共有する内容にしてみました。

ぼく自身、どんなコンセプトで人生を過ごしているかと言われると、今の自分はわりと自分のためのところが大きいかなと感じています。ブログを書いているのも、ヒーリングをしているのも、やっぱり自分が楽しいからやっているというのが根本にあります。

誰かを助けたいとか人を癒したいという気持ちがゼロかと言われれば確かに、そうではないです。

ただ、結局ぼくは自分の人生は自分で作っていくという意識が好きなので、ぼくにできることはそこに足し算的なスパイスだったり、引き算的に水で薄めたりするくらいしかできないんじゃないかなと感じています。

あとは、ぼくに関わってくれる人達が、ゼロ地点に立ち返ってごくごく自然とおもろい人生を彩っていくような気がしています。究極に自分勝手ですけどね。

人のため世のため的なヘルパー意識が強かろうが、自分の利益的な側面が強かろうが、それこそ自分のシチュエーションに応じてどの自分がベストな状態でいられるかを選択しながら楽しんでいけばいいんだと感じています。

みなさんはどんな意識を象って、どんな世界をつくることを意識しているでしょうか?いつも読んでくださって本当にありがとうございます!

質問や意見がありましたらいつでも連絡してくださいませ。

4 COMMENTS

まりえ

まめたろうさま
こんにちは(°▽°)

バランスだし、どっちもどっちだし、どっちもどっちでもないし、というか…笑

よく思うのですが、色んなトピックで色んなアプローチを見せてくださるけど、1つのところに収束して行きますよね。やっぱココに行き着く感に安定感を覚えまっす。

いつもありがとうございます(゚∀゚)

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まめたろう

まりえさん、いつも読んでくださってありがとうございます!

安定感ちょうだいしました~!!

返信する
えりまい

コメントするのは初めてです。

いつも愛読しています!
最近の自分軸とか、自分を大切にしないと、人を幸せにできないという風潮に疑問を持っていたので、まめたろうさんが、「どっちもアリなんじゃない?」と言ってくれて楽になりました。

ちなみに私は自分のことが大嫌いで、大切と思ったものを大切にすることが大好き。
大切な人の幸せが私の幸せ。
そうなって初めて自分を好きになれます。

という価値観を否定して、自分だけを大切にして生きていたら、かえって生きるのがつらくなりました。

だって自分だけを大切にしても、周りの人に嫌われてることや、不幸を望まれていることは変わりないからです。
ますます、「こんなすばらしい自分が嫌われる世の中なんて!」とエゴをこじらせるところでした。

その人たちの気持ちが変わらないのなら、その分人を幸せにして、自分を好きになってくれる人を増やし、それから自分を肯定する方が手っ取り早い気がしました。

何も人に与えられない人間が一人で、「すばらしい自分」って思うのって自己愛が歪んだ典型的な状態のような。

こんな感じで一般論が通じない人間ですが、またコメントさせていただきますね。

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まめたろう

えりまいさん、
コメントありがとうございます!

Twitterで拝見させてもらっています^^

いやあ、どんどんこじらせていきましょう!
ぼくも承認欲求はわりと強い方なのでとても共感します笑

やっぱり他から応援は力になりますからね~
人間だものですね笑

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