ヒーリングセッションやっています

人生における幸せと不幸のメカニズムを勝手に分析してみた件

幸せの状態ってなんでしょうね?

まめたろう(僕)

ペドロ

意識する幸せと不幸ですね。

※この記事は、「幸せ」をテーマに、ぼくらはどの状態にいるときが幸せで、どの状態にいるときが不幸なのか。をわりと真面目に考えていくような内容になります。

「幸せ」の定義も「不幸」の定義も、もちろん人それぞれで、みなさんが主観的かつ相対的尺度をどこからか引きずり出して慮るものですよね。

スピリチュアルにおいては、みんな「幸せ」だ。がわりと定着していると思うのですが、それでも大半の人が不幸だと感じているのはなぜですかね?愛や光を求めて、不幸からの脱却を求めて精神世界に縋ろうとしているのになかなか、グルグル回っている。

そんなぼくらはけっこうわりと真面目に愛おしい存在なのかもしれません。みなさんにとって幸福論とはなんでしょうか?

人生における幸せのメカニズムを勝手に分析してみた

スピリチュアル観点はすでに幸せ

どうもペドロです。

今回は幸せがテーマです。幸福については別の記事(苦しい状態から抜け出す方法として「悟り」って本当に有効なの?)で触れましたが、結論を言ってしまえば物質だとか外部には無くて、いわゆる悟りによる幸福だったわけです。ですがもう少し堅実?な幸せを追及してみましょう。

まず、スピリチュアルに関心がある人は既に人は幸せであるって聞いたことあると思うのですが、これ僕は真実だと思ってます。もちろんリアルタイムで深い悲しみにある人や、精神的苦痛の最中にいる人もいますが本質的な部分では幸せなんです。

人はデフォルトが幸せで、様々な状態があるのも事実です。今回は幸せを0とさせて下さい。デフォルトですね。

幸せには慣れていく

そして人はどんな状態であれ、この通常状態(幸せ)に戻る作用が常に働いているんですね。ただし、強力なものではない為、それを阻害される環境や状態いかんではそれが停滞しています。

先程の深い悲しみや精神的苦痛と言った極端にネガティブな状態はマイナス70くらいとしましょう。回復方法は人によることが多いと思うので触れませんが、こういった状態から0になった時どうなるかと言えばそのギャップからとてつもない幸福感があるわけです。

何でもないことに感謝できたり、景色が美しく見えたり周りの人に有り難さを覚えるなどです。ポイントはここからです。この幸福感に人は慣れていきます

今回僕が言いたいことはコレに集約しています。それ程重要です。しかし記憶に残るのは強烈な感覚ばかりですよね。現在、特段解決すべき問題や悩まされている諸般の事情が無い人で、だけどイマイチ幸せじゃない気がする人は幸福感の延長線上にいるんです。

こういう人なら幸せを実感するのはそんなに難しくないはずです。自分は幸せなんだと認めるだけです。幸せを真剣に意識してみる。これだけです。

つまり、多くの人の幸せでも不幸でもないけど、な~んか足んないみたいな感覚の正体はかつて強烈に感じた幸福感ということです。このデフォルトに戻る作用はポジティブなケースでも例外なく適用されます。

どんな聖人でも0が通常で、違うとしたらその0を意識的、自覚的だったということだけでしょう。多分ですけども(笑)

幸せと不幸とスピリチュアル

慢性的に不幸の原因と幸せに戻る方法

極端な例ばかりでしたが、僕達って大抵やや不幸みたいなのが主流じゃないですか?(笑)その時メーターはマイナス2とか3をウロウロしていて、それが0に戻ってもあんまり気付かないんですね。

地味過ぎて(笑)で、そのやや不幸の残像が焼き付いてるのが僕達の慢性不幸の実態なんではないかと推測します。人は半無意識でいることが多いように思えるのでそれが歯止めのかからない原因になっているのかもしれませんね。

このメーターのデフォルトに戻る作用ですが、少し強くできる方法があって、それはあらゆる事を止めることです。できたらで良いのですが、一時的に行動と思考をストップさせます。

思考は止めるというよりは伸びすぎた爪を切る感じです。どのみち思考は止まらないですからね。一旦思考で脚色されまくったストーリーをカットすることが重要なんですね。

思考だけなら大したことなくて、そこに感情が乗っかると厄介なので気付いたらハサミでバッサリです。時間で言えば何十秒かでOKです。

幸せにおける原因と結果

スピリチュアルに関心がある人なら幸せに因果関係が無いということも聞いたことがあるかもしれませんね。上のメーターの話を踏まえると結構簡単ではないでしょうか。どんなことをしていたとしても、戻る作用を邪魔するものが無ければ幸せになっちゃうのです。

人は因果関係に弱いのかなと思います。それはたまたまそこで0になっただけなんです。そしてその印象が残り、私は散歩していた時、なぜだか幸せで…だからやっぱり運動は幸せに繋がるんだわ…みたいな感じです。

その場面場面で色々ですよね。それが瞑想中に起きようものなら瞑想止められなくなるんじゃないでしょうか。神秘と幸せが結び付くと印象で言えばぶっちぎりですからね。僕は瞑想状態と幸せはイコールだと思っていて、幸せなら瞑想する必要無いかもしれません。

思考から少し距離を取る、感情を選択しやすくなるようなスキルはつきますけどね。良い意味でドライになれますよね。

よく内に全てあるなんて言い回しがありますけど、こういう事なんですかね。内とか外とかって根を詰めるのは良くないと思いますけど、今回に限って言えば一度内へ向かいそれを外に向けるのがオススメです。

要は幸せになってから色々行動した方が良くね?って話ですね。実は幸せな状態と言えども、それを意識してあげないとその幸せは不在なんですね。

そこでキーとなるのが『今』です。幸せを意識するのと今を意識するのは同義です。おそらくここが上手くいかない人は某かの問題や悩みで過去や未来が気になっている状態だと思います。

こういう時って気が散っているようなものなので、無理して今に在ろうとしなくて大丈夫です。問題は問題として捉えるから問題になるなんて言いますけど、気になるもんは気になるんですよね(笑)

正しいのですが、正しさは自分の実情と照らし合わせた方が良いように思えます

近過ぎて見えない、簡単過ぎて分からないって類いの話ですよね。これがもっと複雑だったら逆に分かりやすい可能性もあります。紐をほどけるというか。ほどく紐すらないですからね(笑)

幸せを別な切り口で掘り下げてみました。やはりこれも描写であって真実ではないですね。新聞の4コマ感覚で読んでくれたら嬉しいです(笑)

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

時間がなければ他人と比較しなければ人生は幸せ?不幸?

不幸へフォーカスするのはなぜか?

まめたろう(僕)

幸せは確かにけっこう0地点ですよね。そして、出来事はつねにニュートラル、中立なのにぼくらの意識次第でプラスにもマイナスにも変幻自在なので本当に世の中面白いです。

ここからは、ぼく、まめたろうが、「幸せ」をテーマに、おそらくみんなそりゃそうだ。っていうところを敢えて文字にしていきます。なにか引っかかるところがあれば嬉しいです。

この世は常に中立

以前、この世は本質的にモノローグかもしれない件。という記事で、ペドロさんが、この世は完全な中立で、各々がバイアスをかけていく世界と表現してくれましたが、これはまさにその通りなんですよね。

幸せ、不幸についてもこれが適用されます。これは反論されても、そう違うと思うひとがいてももちろん良いのですが、でもわりとぼくは「真」に近いような感覚があります。

出来事は、今ある状態・状況はすべてニュートラルです。人によりけりですが、幸せだぁぁぁ。と感じる瞬間が少ないのも、不幸めっちゃ続くわぁぁぁ。と感じる人が多いのも、ペドロさんがいうようにすべては意識によるところです。

スピリチュアルでは、これらが真っぽい感じで定着しているので、ワクワクしているといいで。ポジティブであるといいで。今ここにすべてあるで。なんて表現が言葉は違えど、たくさんでてきます。

非常にシンプルなメカニズムなんですが、これがぼくらにとってはけっこうムズイ・・・。それはなぜかについてみていきましょう。

人生が不幸だと感じる2つの原因

人生において、出来事は中立とか言っているクセに、人間が不幸だと感じる主な原因はたぶん大きく2つです。そして、みなさん、そりゃあわかってるで。皆まで言わないでくれ。って思うでしょうね(笑)

  1. 時間を気にする
  2. 他と比べる

たぶん、これだけです。過去、ある地点が幸福に満ちていた、未来は不幸なのかもしれない。こんな絶頂続いていいのだろうか。それぞれありますよね。左から右に流れていく、ぼくらの時間感覚。

そして、圧倒的、人だらけのこの世の中。右を向けば幸せそうな人がいるし、左を向けば自分よりは少しだけ不幸にみえる誰かがいます。前には光だけを纏っているひとがいて、たまに後ろを向けば闇にのまれているっぽい人もいます。四方八方、人ふさがりですね(笑)

SNSとかネットで、色々な情報にアクセスできるから八方どころか二十四方に人いますよね。

デフォルトに戻る幸せへのヒント

ペドロさんが上で言っていたところのデフォルト、0状態の幸せへの「戻り方」については、人それぞれアプローチがあるのはもちろんとして、時間と比較に関していえば、その作業はわりとシンプルだとぼくは感じています。

シンプルがゆえにけっこう苦労する人も多いかもしれませんが(笑)

①比べる対象を自分にする

まずは、そりゃあそうよ。っていうところを敢えて言葉にします。そう、比べる対象を無くすor自分を比較論に引っ張りだす。これに尽きますね。

だって、上には上がいますし、下には下がいます。上がっても天井、下がってもそこは地面ですけどね。幸せの尺度が違うことは理解してはいるけど、ぼくらは他人や世間、社会にできた偶像と日々バッキバキに格闘しまくります。

この世は競争社会。なんて風潮もぼくはわりと好きなのですが、それ自分が不幸だと感じている人に、そして比較的ハードパンチ喰らいまくりな人に言ったらボコボコになって、セコンドにアドバイス求めても、「頑張れ。」としか言ってもらえませんよね。世知辛すぎます。

ここで、1つ注意が必要なのは、比べる対象を「過去」の自分にすると、あの時はよかったなあ。あの時代は最高だった。なんて感覚にぼくらは陥りやすいです(笑)なので、ぼくのおすすめはなるべく「今」に近い自分です。

②憧れの対象をハイヤーセルフにする

これは少し踏み込んで、ゼロ状態、デフォルトに戻った後にやったほうが効果的です。むしろマイナスからこれやったら、ギャップに落ち込む人が多いような気がします(笑)

未来や現状に対するあこがれの対象もたいていの人は、自分ではなくて、自分のエゴか、他人だとぼくは感じています。それ、自分で崖に猛ダッシュする行為にぼくは近いような感覚があります。

なので、ぼくは憧れる、あるいは幸せになりてえぜ。って思った時はそこも自分を持ってくるようにした方がけっこう楽だと感じています。スピリチュアルな言葉だと、ハイヤーセルフになります。

ぼくらは思ったらそうなる世界を実は知っているのですが、この雁字搦めすぎる世の中でそれ無理矢理思い出すのけっこうパワーを消費してしまいます。そんなときに便利なのがハイヤーセルフですね。

ハイヤーセルフは、自分が幸せになりたい。と思ったら、「瞬時に」かつ同時にそして常にそうなる魔法の自分っぽいやつです。これは、あなたが「実感」があろうがなかろうが、そうなります。反射や反応に近いモノとイメージしてください。

ハイヤーセルフなんて少し怪しげな言葉を使わなくても、理想の自分でも良いです。他人に憧れるくらいであれば、ぼくは理想の自分を作っちゃったほうが楽なのかなと感じています。

デフォルトからだったら理想の自分を指標に目印にしておけば、どこにもいかないので「誰か」をつくりあげるよりだいぶコスパがいいかもしれません。

③時間との距離感

ペドロさんが、「幸せを意識するのと今を意識するのは同義」と言ってくれましたが、ぼくもまさにその通りで、時間が気になるとどうしてもぼくらは一定の状態に慣れることも、不満を感じることもしてしまう生き物です。

ただ、スピリチュアル大好きな今に在るですが、ぼくもペドロさんと同意見で無理矢理頑張って時間を忘れなくて、今に在るの感覚をキャッチしようとしなくていいと感じます。

過去を振り返りまくってツライ人は、少しだけ、その時間を減らして、くだらないTVショーで日がな一日を潰すとか、未来に不安がありまくりでおぼつかない人は、海とか山行って、鳥の鳴き声聞くとか、そんなことしてればいいと思いますね。

「無駄な時間」をめちゃくちゃ無駄に使いまくるとけっこうメンテナンスとして有効かもしれません。そういう意味で言うと、全部無駄な時間にはなってきますけどね(笑)

みなさんは、どんな感じで日々デフォルトに戻ってきていますか?そして、どんな自分が幸せでしょうか?

いつもありがとうございます!

8 COMMENTS

あっこ

お疲れ様です。
ニュートラルにもどるのは、私の場合はそれぞれの極を極めるっていうのが結局は近道なような気がします。もうそろそろそこまで極端な人生じゃなくてもいいなぁとは思っていますけどね・・・。
最近自然に触れる機会が増えて、都会でためていたイライラがかなりおちついて穏やかなのですが、自然の中ばかりにいるとやっぱり都会好きだなぁと思うのです。
どっちも極めて落ち着く=ニュートラルみたいな感覚です。

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まめたろう

あっこさん
いつもありがとうございます!
極を極める。たしかにそうですね~!あっこさんらしいです(笑)

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あいお

好きな仕事をして大切な人がそばにいて
不幸でも不運でもなく不満もない
だからこその不安みたいなものにじわじわと襲われる 自分がつくる勝手な不安
あえて作ってるような自分を試すような不安
何やってんだろうな

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まめたろう

あいおさん
コメントありがとうございます!

そうですよね~!だからこその不安ってめっちゃあると思います。
体力やエネルギーが有り余っているだけかもしれません(笑)

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なめこ

以前は日常的に暴力が側にあり危険でしたが、そんな時も赤ちゃんの笑顔は最強で「この子達といっぱい幸せを感じて生きる為生まれてきたじゃん!この時間を悩んで使うなんて本末転倒!」と突然気づき、それからは加害者が訪れボコられつつ子どもを死守する時以外、めいっぱい幸せを感じていました。
幸せ状態がニュートラル状態という言葉がとてもすっきり心に沁みて、過去の自分達と、これで良かったネ☆とハイタッチした気持ちです。この感覚をハイアーセルフにも向けてみます♪
いつも楽しく読むうち心がフワッと上昇する記事を、ありがとうございます。
具体的な実践方法もすごく有り難いです!

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まめたろう

なめこさん、
いつもありがとうございます!

ぜひぜひ、ハイヤーにも向けてみてください!
過去も未来も癒せます^^

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なめこ

こちらを読ませて頂いた時の感動がとても強く、思わず個人的な事まで書いてしまいました。多くの方が愛読される場所ですみませんでした;
返信ありがとうございます! これからもブログ楽しみにしています♪

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まめたろう

なめこさん

いつもありがとうございます!
嫌でなければ、個人的なこと、ガンガン書いて共有してください(笑)
おそらく、なめこさんの経験や感覚が誰かなのかになるはずなので^^

こちらこそ、引き続きよろしくお願いいたします><

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