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スピリチュアルやヒーリングの嘘くささを論理的に考えてみた。

嘘くさい!そんな世界あるわけない!というレベルのひとに読んでもらえたら幸いです。

まめたろう(僕)

たっかぶり(妻)

まあ、あんまり肩の力入れるのはいみのないことなんだけどね。

※この記事は、「スピリチュアル」や「ヒーリング」、摩訶不思議と思われている現象や言葉についてなぜ嘘くさいかを可笑しくも真剣に議論していこうという魂胆があります。スピリチュアル体験を信じているひとも、そうでないひとも楽しく読んでいただければ嬉しいです。

ぼく自身、スピリチュアルを妄信しているとか、過信しているとか、そういう次元ではなくて、ただそこにあるものとして捉えているので、信じるとか信じないとかそういう話ではないと感じるのも正直なところです。(笑) まあ、じゆうですので。

スピリチュアルとヒーリングの嘘くさいところを羅列してみる

ぼくは、小さい頃から幽霊がみえていたり、オーラがみえていたり、ということはまったくなくて、ただ、これだけ世界(宇宙)は広いのだから、宇宙人は絶対いる!と断言した理科の先生がやけに心に残ったり、

なんとなく目に見えない世界があっても不思議ではないし、もっといえばそっちの方が自然という考えがしっくりきていました。だって、そうでなければ、古文とかにおばけ出てこないし、漫画やテレビにおばけなんて登場するはずないじゃないですか。

0から1を作るのがとても難しいぼくらが目に見えないモノを面白おかしく表現できるのは少し論理的に考えてもおかしいですよね(笑)

目に見えない、それが問題だ。

スピリチュアル系で語られることの多くに登場するのは、目には見えないことが多いです。実際には「見えている人」と「見えていない人」という区分もあるので余計ややこしいですね。

また、信じれば見えるかといえばそうでもないし、信じていなくても見えてしまうひともいるから不思議です。それは、おばけやオーラしかりエネルギー全般の話です。

でも、ここはちょっと冷静に考えてみましょう。目に見えなくても信じているモノたくさんありますよね?

たとえば、空気。ぼくらは無意識に呼吸して酸素を肺に取り入れて二酸化炭素を排出しています。でもその酸素って、二酸化炭素って目に見えていますか?見えていないのに、酸素をいれて二酸化炭素をだしているってなぜ言い切れますか?

また、大人であれば飲むことも多い、アルコールです。アルコールって目に見えていますか?日本酒と水の違いを匂いや味以外の判断基準で視覚のみで見分けろって言われれば正答率100%はおそらくでないのではないかと思います。

そう、ぼくらは、正確に言えば、目に見えないモノを信じていないのではなくて、体験できない、体感できないことを信じられないだけなのようですね。だから人間って面白いんですが。

スピリチュアル体験したことがない、それが問題だ。

スピリチュアルを嘘と思っている人の多くは、自分がそれを体験したことがない、経験した試しがないからだ。と主張するひとが大半でしょう。

波動が全てといわれても、波動は見えないし、感じたこともないし。オーラやおばけといわれても、よくわからないし、それらをみえるひとは特別だし。とおそらく何かの影響で敬虔なモノに押し上げている印象があります。蔑むひとも同じでしょう。

捉え方や感じ方は自由なので、ぼくはスピリチュアルな世界はすごいんだよ!!と主張する気は毛頭ないです。もっとやることはたくさんあるので(笑)

ですが、スピリチュアルな世界や体験はぼくらが思っている以上に転がっているし、それをどうみるかが、もっというと、なんとなくでもどう繋げてみるかが入り口になるでしょう。ぼくにとっては、そんなに特別でもなくてなんというか散歩行って、「あー風が気持ちいいなー。」と思うくらいのことなのですが。

例えばですが、スーパーやコンビニで食品を購入すると思います。なんとなく手に取った野菜、なんとなく手に取ったお肉や魚など、そのなんとなくって、理由ありますか?

おそらく、主婦の方の目線で言えば、あっちよりこっちの野菜の方が美味しそう。とか、見た目が綺麗とか、お得感がある。とかそういう感覚で選んでいると思います。

お惣菜を買う忙しめなあなたも一緒です。なぜ、パック詰めされているお惣菜なのに、あっちを選ばずこっちを選んだのですか。

それには明確な理由があって、スピリチュアルな言葉を使うと、選んだ野菜やお肉のエネルギーや波動を読んだからです。いやいや、そんなことはないと否定する人は、一度選んだ食品を棚に戻して、もう一度じっくり観察してみてください。やっぱり同じものを選ぶはずです(笑)

ぼくらが無意識に惹かれあうモノや人は、実は自分の鏡なので、自分で選んでいるというよりかは選ばされている感覚の方が実は大きいこともありますよ。

お金持ちにはお金持ちが集まるとか類は友を呼ぶってことばも聞いたことないですか。これも突き詰めればスピリチュアルで言っていることのひとつです。波動の法則とかっていう表現をします。

ぼくらの実生活すべてをスピリチュアルで言われているようなことに結び付けて捉えることはすごく簡単で、もっと自由にかつ多角的に視野を広げると、懐疑的な心も少しは晴れるかもしれません。無理に晴れなくてもいいんですけどね(笑)

専門用語が多い、それが問題だ。

目に見えないモノや体験し難いと感じているうえに、専門用語が多いからスピリチュアルな世界に懐疑的になる人は少なくないでしょう。

例えば、上でもでてきた「波動」とか「エネルギー」。漫画の世界かよ!って思っちゃいますよね。ぼくもそう思っているので大丈夫です。現実と漫画の境界線なんてあってないようなものなので(笑)

チャネリングとかヒーリングとか、引き寄せの法則とか、突き詰めれば全部胡散臭いですよね、ぼくもそう思っています(笑)

正直、こういう専門用語には意味はないと感じています。だから、ぼくはシリウスとかプレアデス星人とかもちろん知識として出身星、星から来た宇宙人のことはわかることはわかりますが、まったく詳しくないです。

なんとなく、こっち系の星に似ているエネルギーをもつとかそういうイメージしか湧きません。重要なことは入ってくるようになっているのですが。

論より証拠ですよね。用語ばかりを並べて、「いかにも」的な雰囲気でスピリチュアルな世界を語る人が多いから、毛嫌いする人も多いのかなー。なんて印象を受けることもあります。それとお金やら幸せやらワクワクやらを結び付けてしまうから、もう闇鍋状態は若干否めません(笑)まあ、世界は平和なんでいいんですけどね(笑)

スピリチュアルな世界において教祖さまをつくる、それが問題だ。

スピリチュアルな世界を否定する人の中には、「騙された」経験をもつひともいるのではないでしょうか。たとえば、Aさんという著名人の本を買って読んだのに、その通りにはならなかった。だから嘘やん。

的な思考回路ですね。もっといえば、ヒーリングセッションや占いを受けたのに全然良くならなかったし、料金めちゃくちゃ高かった。とかですかね。

どこかしらで、被害者のような思考経路ができあがるひとも少なくないでしょう。

本を読んでもヒーリングしてもらっても、結果がダメだったという方は、おそらくその相手を神格化しすぎている節にあるのではないでしょうか。

これをやれば絶対に!とか、こうすれば理想のあなたに!とかそういう謳い文句で商売人気質の強いスピリチュアル系の啓蒙活動家さんや、ヒーラーさんは少なくはないのは事実です。少し悲しいですけどね(笑)

けっこうひどい人なんかは、この石を買えばとか、水を買えばとか、ちょっとびっくりしちゃう値段で売っている方もいますよね(笑)力をどう使おうが自由ですし、その人のせかいで満足を得ている人がたくさんある事実があるとしたら、否定はしませんが、

ぼくはたぶんあんまり好きじゃない類に入ってしまいます。

ちょっと話がズレましたが、スピリチュアルの世界において、先生はひとりではないし、ひとりもいないです強いて言うなら自分で発見するのが一番です。だって、ぼくらは体験したことしか身に付かないじゃないですか。

先生も神も仏さまも全部あなたです。最高にエゴイスティックな世界ですね(笑)

ヒーリングを受けて、どう感じたか、なぜ治らなかったか、その先生にあたって、こんなの嘘だ!って思うのも、もちろんリアクションとしては100点満点ですが、

もう少し別の視点から、もし自分が自分を癒すのであれば、どういう方向でどういうアプローチで、もっとうまくできるな。私、神だな!って思うのも、100点満点だとぼくは思います。

こんなこと書くと、ヒーリングがうまくいかなかったときの隠れ蓑にしているじゃないかと、誰かに怒られそうですね(笑)

嘘くさいのはスピリチュアルかあなたか

確かにスピリチュアル関係のことばや教えには、その曖昧さや本質的な部分からまだまだ嘘くさいと感じる人が多いのは事実でしょう。(実際には、嘘くさくもないし、あいまいでもないんですが。)

ぼくは天邪鬼な人間なので、それを言ったら、今生きている事実とか、テレビやドラマ、全てが虚構にうつってしまうんですが。それは別として、結局関暁夫さんも言っていたように、信じるか信じないかはあなた次第です。的なところが多いですよね(笑)

ぼくのおススメは、もしこれを読んでくださっている方で、信じていないひとがいれば、少しでも信じてみたときバージョンのあなたを想像するとどんな変化があるか。妄想してみることです。(笑)

他人は自分を映す鏡とよく言われますが、スピリチュアルなことだけでなくて、まず自分の直観で、もし信頼できるひとが言っているならそういう世界を信じてみちゃうのも手だと思います。噛んでみてから決めるのもいいですよ。まずかったら吐き出しちゃえばいいので。

結局スピリチュアルなんて神格化するものでもないですよ。

ぼくが最後に伝えたいのは、スピリチュアルだからと言って、別に神格化したり、特別に感じる必要もないということです。

空気が淀みなく自然に流れているように、ぼくらの身体やDNAにはそういうスピリチュアルな話や教えが浸透しています。実は。

そこに気が付くひとが正しいとか、気が付かない人がダメとか、そういう次元の話ではまったくありません。

それを面白いと思えるか、面白くないとするかは自由ですし、あなたの生活に活かせそうなことも案外あるかもしれません。スピリチュアル系なことだけでなくて、もっと自然に楽しく、色々なことを学べる人間でありたいですね。

 

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