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孤独感や寂しさを克服して孤高に生きれば幸せになれるのか?

今回のテーマはあの「孤独」とその「孤高」です。

まめたろう(僕)

たっかぶり(妻)

ぜんぶつながってるで。

※この記事は、ストレス社会、人爆発社会で生きるぼくらがよく感じているであろう独特の孤独感をテーマに、孤独感や寂しさを克服して孤高になれば幸せになれるのかという、なんとも哲学&スピリチュアルっぽい内容満載でお届けします。

スピリチュアルっぽい人が良く感じるであろう「孤独感」、そしてそれを克服しなよというアドバイス、ぼくらはひとつです。っていうあの独特の感覚についてみなさんはどう感じているでしょうか?

いくら元気に振る舞う人でも孤独を感じる人はいるだろうし、また、家族やパートナー、友達がいる人も孤独感のある人はいますね。

結論から言うと、まあ孤独じゃない人ってぼくはいないと思うんですが、孤高にならなくてもいいんじゃないってことが今回お伝えしたいことになります。ぼくが孤独を感じたらなにをするかも共有してみます。あんまり、孤独だわ。で悩んだことはありませんが。

孤独と孤高の違いとは?

孤独と孤高をテーマにする前に、孤独とは・・・、また孤高とは・・・みたいなところを軽くみていきましょう。とりあえず言葉にして整理してみます。

孤独とはなにか?

孤独とは

精神的なよりどころとなる人、心の通じあう人などがなく、さびしいこと。

ひとりぼっち。とかって孤独の意味するところにはあるんですが、孤独感、孤独を感じる文脈に関していえば、ぼくらはこの「理解してもらえない」「自分のことをわかってもらえないって意味合いの孤独がぶっちぎりで強いでしょう。

孤高とはなにか?

孤高とは

ひとり他にぬきんでて高いこと。孤立しつつ、自らの志を守ること。

一方で、孤高は上のような意味合いを持ちます。

孤高の人ってどんな人かといえばぼくは例えば修験道とか、俗世間から離れた人を思い浮かべちゃうんですけど、要するにエゴでない部分で自分の道を歩んでいるからいっか。って思えるイメージで良いでしょう。ざっくりですけどね。

逆に、1人でいることが、周りと比べて違って良いとか、孤高である私は恥ずかしくはないのだ。と言い聞かせるみたいな感情とかってエゴるとぼくは孤独とたいして変わらないと感じています。

「孤独感を味わうこと」と孤独(孤高)で在ることは違う?

さて、孤高と孤独の微妙な違いがわかったところで、次は「孤独」を掘り下げてみたいと思います。ぼくは孤独でいる、在るのは問題ないと感じています。だってぼくらは存在しているので。

ただ、孤独感、孤独を感じきることは身体にも心にも精神にもマイナスに働く部分はけっこうあると思います。

孤独で在っても、孤高でいてもOK

物理的に、家族やパートナー、友人がそばにいなくて1人である意味合いの孤独の「状態」はぼくはまったく問題ないと感じています。

理由は明快で、友達いても、家族やパートナーいても孤独感を感じるひとはけっこういるからですね。(後ほど、心理学者のデータを共有します。)あと、上辺だけの煩わしい人間関係ならない方がいいとも個人的には思いますよ(笑)

ぼくは今現在だと妻と子供が近くにいますが、それ以前はめちゃくちゃ友人・知人・恋人に囲まれてわっしょいリア充やで。って感じではありませんでした。それは今もおんなじですかね。定期的に連絡取る人はおそらく数える程度しかいないように思います。

理解してもらえない「孤独感」は危険?

アメリカのセラピスト・心理学者のガイ・ウィンチ(Guy Winch)氏の「10 Surprising Facts About Loneliness」(孤独に関する驚くべき10の事実)がなかなか興味深かったので共有します。

彼によると、

  1. 友達や人間関係の「数・量」は孤独感とは関係ない
  2. 孤独感を感じている人の60%は結婚している
  3. 孤独感は(周りから)攻撃されている感覚をカラダに植え付ける
  4. 孤独感は喫煙と同じくらいリスキー

などなど。孤独感に関することを書いてくれています。他にもあるので英語ですが、興味のある方は読んでみてください。

要約すると、孤独は主観に寄るものが大きいで。(外的要因ー友達や家族のあるなしは関係ないで。)ということ。孤独感を感じるのは、心と身体にネガティブっぽい影響あるで。ということの2点です。

参考 10 Surprising Facts About LonelinessPsychology Today

スピリチュアルからみる孤独

スピリチュアルに興味がある人、それを感じる人、実際に体験ある人ない人も含め色んな人がいますよね。せっかくなのでそこにもちょっとだけ触れます。

幼少期から「みんななんで分かってくれないんだ」「なんか帰りたい」という人はわりと多いんじゃないかと思います。周りのリアクションが理解できなかったり、変な人と思われるのが嫌で周りに合わせるけどそれも窮屈で孤独を増したりですね。

こじらせがちですね。ぼくはまあ、いろんな人がおるで。って感覚が昔からあったので、そんなに気にしたことはなかったんですけど、かなりの文脈で理解はできます。

とりわけワンネスっぽい意識でつながる感覚を無意識ながらに共有しているぼくらに関しては、この理解してもらいない類の孤独はこじらせるとやっかいです。

だって、みんな違ってみんないいはずなのにそれを良しとしない学校とか両親とか、環境だらけですからね。

スピリチュアルと孤独の相性って悪くはないんですが、例えば、それは宇宙感覚を持っているからとか、宇宙人だからとか、あなたの使命やカルマだからとかスピリチュアルエゴを刺激しまくる内容にやられっぱなしの人はいろんな視点をもってもいいかもしれません。

まあ、自分で納得して、人間完璧じゃないしいろいろやなって場所に立ち返れればなんでもいいですけどね。(笑)

思い込み?孤独をつくる理由やパターン

孤独感を味わうことはできるならやめておきたい。というところが抑えられたので、次に孤独をつくる正体、理由を羅列していきます。

当然ですが、万人に言えることではないですし、他の理由もたくさんあるとは思いますよ。

①幼少期の親の教え(しつけ)

孤独感を植え付けるのに一役買うのが親ですかね。

こちらは、いわゆるわかりやすいネグレクトから、わかりにくい部分、例えば親が子供へ嫉妬、「常識やふつう」の刷り込みなどなどです。人間なので、絶対的なパターンに落とし込めるわけではないというところは親もわかっているはずなのに。。。

そのギャップからくる孤独感は無意識になり得るので破壊力でいえば強めです。

②いじめ

こちらも孤独感との相性バツグンでしょうね。心がピュアであればあるほど、ぼくらは傷付きやすい生き物なところがありますので、肉体&精神的ないじめは、「だれも理解してくれない」「味方がいない」という主観をつくるのにはお誂え向きです。

③学校や社会

学校や社会には暗黙のルールがあります。こうであるべき、こうしなきゃいけない論ですね。それがもちろん良い面もあれば悪い面もあるということを人それぞれの性質に分けて考えてもいいかもしれません。

とりわけ、「誰も仲間がいないんじゃないか。」という類の孤独であれば学校や社会の世間一般の常識とのギャップで作られる予感しかしませんね。

友達いて当たり前とか、友人がいないとダメとか、社会的に価値のある人は○○だという部分はぼくらの孤独感をつくる理由としてはばっちこいです。

④過去世・前世

それっぽいですね。信じるか信じないかは別にして、過去世や前世の感情・感覚を引き継ぐパターンもあります。

こちらも個人差があり、ダイレクトに孤独感を引き継ぐ人もいれば、前世は満たされていたのに・・というギャップの人もいるのでそれぞれです。まあ、それが孤独感をつくっているわけではない人ももちろんいますね。

孤独感を作ったのはあなたじゃないかも?

ざっくりですが、孤独感をつくるのはこんな感じでしょう。もちろん、まだまだあります。好きな人に裏切られたとか、親友と思っていた人に傷つけられたとか、家族に捨てられたとか、家族内で優劣をつけられたとかですね。生きていれば色々ありますね。

そこのルーツや根源を上で並べたと思ってみてください。自己否定や自己評価の低さを孤独感が刺激することもあるかもしれません。

孤独感に関しては捉え方ですが、ほぼほぼ自分で孤独になりたくて孤独感を植え付けたくてつくったものではないかもね。っていうところを心の片隅にいれてみてください。

孤独感のレシピ
  • 親の教え
  • いじめ
  • 学校や社会のルール
  • 前世・過去世

孤独をやわらげる、克服する方法(思い込みを外す方法)

さて、なんとなく思い込みでぼくらは孤独感を作れるということがわかったところで、ぼくはこんなことしているかなあ。とか妻はこんなことしているらしい。っていうところを共有していきます。参考になる部分だけピックアップしてみてください。

①孤独は気にしない、一過性のモノ

一番は早くて効果的なのはこれでしょうね。ぼくもこうすることが多いです。

たまたま孤独な時期もあるかな。とか、ひとりぼっちな時期なんだなあ。とかです。星のせいにしても月のせいにしてもいいです。永遠不滅に(主観でも、客観でも)孤独である人ってそれはそれでレアな気がします。

あまりに孤独である状態が続くと孤独感をつくるのがぼくらの性質ではあるんですが、それでも永遠永久ってないですからね。

②ザ・楽観主義

ぼくはこちらの手法をとることが多いです。というかそういう性質ですかね。深くは考えられないし、過去と今を強く結びついているモノだと考えないので、まあ孤独っちゃあ孤独だけど、満たされている自分もおるよ。という思い込みに切り替えています。

ゆるーくぼくらは繋がっているというワンネス感覚も便利に使っちゃいます。

③やりたいことをやる

孤独感が社会的な部分とか、今まで自分がつくった常識から来る場合はこれがいいかもしれません。

社会とか常識に抗っていると、やりたいがやらなければの義務や責任に切り替わることが多いと思います。そんな自分には降参宣言をつげて、なるべくやりたいことだけをやるようにします。

言わずもがな、やりたくないことはやらないようにします。できない状況ならそんな日もあるかなで片づけます。ザ・楽観主義バンザイです。

④コミュニティに参加する

誰からも理解してもらえないという感覚がある人が、友達欲しいなって思えたらやればいいことだとは思います。

コミュニティといっても何十人も何百人もいるところに無理矢理参加しなさいとか、自分に鞭打って無理にクローズドなところへ赴きなさいっていうことではないですね。あくまで自分が好きな、居心地良い空間をみつけていくといいと思います。

気に入らなかったら、やっぱりやめてリセットボタンを押しましょう。

⑤完璧主義バイバイ

完全・完璧パーフェクトに理解者がいれば幸せだ。孤独感を感じることはないってことはぼくはないんだと感じています。

なぜなら、心理学者のガイ・ウィンチさんもいっているように友人の数とかパートナーのあるなしではぼくらの心は測りしれないからです。

これはぼくなりの考えですが、他人に重点を置いて、友達が理解者がおればOKというところを探るとそれができなかったとき、できない状態にいる自分を責めがちなのと、期待からの失望・喪失パターンでより深く傷つき孤独感を刺激する可能性ありです。

なので、ある程度のラインでやり過ごしてみるのも1つの手法としてはアリです。

⑥インナーチャイルドを癒す

基本的には、理解してもらえる場所をつくる、そこにジョインしちゃう。あるいは、自己完結型、まいっかで片づければ孤独感を感じることはなくて、和らいでいくことなんだと思います。

ただ、あまりにもしつこすぎたり、無価値観と結び付けたりするとき、それが続きすぎているときはそれインナーチャイルドというアプローチもできますね。いかにもスピリチュアルっぽい考えでぼくは好きです。

まとめ:孤独でも孤高でも自分で人生を舵取りをすると楽かも

今回は「孤独」をテーマに孤高になれば幸せになれるのかというテーマでした。

孤高もエゴったら結局孤独に陥るで。ってところは第一ポイントです。

第二ポイントとしては、孤独感に浸るのは身体と心と精神にダメージあるで。そして第三ポイントはわりと克服方法あるかもよですね。

最後にお伝えしたいことは、ぼくらはわりと、孤独ですね。というところです。

とりわけ、社会的結びつき、量的結びつきを常識的から来る孤独感に関しては、そのタガが外れるポイントやアウェイクニングを経験すると抗いがちです。意識で繋がるような感覚があるがゆえにぼくらは誰かといないと。。。という部分も刺激されるときがあります。

スピリチュアルっぽい出会いでもそうでない出会いに関しても予めぼくらはインプットしてきて在る部分もあるので、今の自分の波長に合う人をなるべく見つけていきたいところです。もちろんなるべくたくさんの共感を得ようとかそういうことではないです。

具体的にはやりたくないことはしない。やりたいことをやる。今まで表に出さなかったことを出しちゃう、(相手によっては)隠したい部分を曝け出すとかですね。

どうやらぼくらは自分に還るをテーマにしているっぽいので、本来の自分になるべく甘えさせてあげて、吸収した分、同じような波長をもつ人が気が付くように放出していくといいみたいですよ。

ちなみに、妻はいま、1人も友達と呼べる人がいないらしいんですが、けっこう甲高い声で毎日笑っています。友達欲しいなあ。が口癖になりつつあるので、ぜひ似たような波長をもっていそうな方は友達になってあげてください(笑)

いつも読んでくださって本当にありがとうございます。

まめたろう(僕)

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