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帰りたいのスピリチュアルな意味|家にいるのに・宇宙に・地元に

帰りたいのスピリチュアルな意味

この記事の答え:「帰りたい」のスピリチュアルな意味は、今いる場所が間違っている証拠でも、選ばれた魂の印でもなく、自分がほっとする感じを、ちゃんと覚えているということなのかもしれません。ぼくはこれを、どこか遠くへ連れていく合図というより、今日の暮らしの中で「ほっとする方」を指してくれるコンパスのように読んでいます。

たっかぶり
たっかぶり

家におるのに「帰りたい」て、どこに帰んねん! もう宇宙しかないやん!

まめたろう
まめたろう

宇宙かもね。……布団に帰りたいだけかもしれんけど。

たっかぶり
たっかぶり

夢がない! ほんで布団、もう家にあるやん!

まめたろう
まめたろう

ほんまやね(笑)。じゃあ今日は、現実の話もちらっと見たうえで、あえて見えない世界の方でも読んでみよか。

先に、ひとつだけ。ここは冗談ぬきで。「帰りたい」が「消えたい」「いなくなりたい」に近いとき、気分の落ち込みや眠れない日が続くときは、スピリチュアルで読まずに、人に話してみてください。弱いからでも、おかしいからでもありません。厚生労働省のまもろうよ こころに相談先がまとまっています。電話なら、#いのちSOS(0120-061-338)やよりそいホットライン(0120-279-338)があります(電話相談窓口の一覧)。この記事で「帰る」と書くとき、今の人生を終えることは指していません。

どこかに帰りたい。家にいるのに、帰りたい。職場の帰り道でもないのに、夕方になると帰りたい。宇宙に帰りたい。理由もなく帰りたくて、泣きたくなる。

「帰りたい スピリチュアル」と調べると、だいたいこう書いてあります。「魂が本当の居場所を求めている」「魂の故郷を思い出している」「スターシードの高次元への懐かしさ」「人生の転機のサイン」「エネルギー不足」。

どれも、ちょっとわかる気がします。ぼくも昔の記事で、「どこかはわからないけど帰りたい感」のことを書いてきました。

ただ、この記事でしたいのは、「あなたの本当の故郷はここじゃありません」という話ではありません。場面ごとの読み方、スターシード説の面白がり方、「帰りたい」を消さなくていい理由を、遊び半分、本気半分で話してみます。


目次

「帰りたい」と感じるとき、現実の側もちらっと

スピリチュアルに切り取る前に、ちらっとだけ。

「帰りたい」は、疲れ、寝不足、忙しさ、ストレス、季節や体調の波、家や職場の人間関係の中で、心と体が「もう休みたい」と言っているだけの日も、たくさんあると思います。それはそれで、いちばん大事な知らせです。だるさや眠れなさなど、体のつらさが続くときは病院へ。 家の中で怖い思いをしているなら、それは魂の話ではなく、あなたが守られる話なので、冒頭の窓口に話してみてください。

なお、ご家族の「家に帰りたい」(認知症の帰宅願望などで調べて来られた方)は別の話で、この記事では扱っていません。かかりつけの先生や地域の相談窓口へどうぞ。

そのうえで、あえてスピリチュアル・エネルギー的な側面で切り取ってみる。そんな日があってもいい予感がします。


帰りたいのスピリチュアルな意味|「ほっとする感じ」を覚えている

昔の記事に、こんなことを書きました。「早く帰りたい。どこに?」って小さなころから思っていた人もいるだろう、と。孤独の記事でも、幼少期から「なんか帰りたい」という人はわりと多いんじゃないか、と書いています。

この「どこに?」が、ぼくはいちばん面白いと思っています。

だって、行き先がわからないのに、帰りたいんです。変な話ですよね。まったく知らないものを、人は恋しくなるのかな、と思います。カーナビに入れる住所は持っていない。でも、帰ってきたときの「ふう」という感じだけは、なぜか知っている。

だからぼくは、「帰りたい」を場所の記憶というより、感じの記憶として読んでみたいのです。

その感じがどこで覚えたものかは、人それぞれかもしれません。子どものころの布団かもしれないし、前世かもしれないし、魂のルーツの星かもしれない。アンドロメダ星人の記事でぼくは「どの星に魂の故郷があるかは本当にどちらでもよくて」と書いていて、今もそう思っています。出どころを当てるより、今その感じが、どっちを指しているかのほうが、役に立つ気がするのです。

たっかぶり
たっかぶり

ほな「帰りたい」って、カーナビみたいなもんなん?

まめたろう
まめたろう

カーナビほど賢くないな。方位磁石くらい。「あっちがほっとする」しか言わへん。

たっかぶり
たっかぶり

住所は?

まめたろう
まめたろう

教えてくれへん。

たっかぶり
たっかぶり

ポンコツやん!

まめたろう
まめたろう

ポンコツやけど、けっこう正直やで。

ジェフ・フォスターという人が、『The Deepest Acceptance』(日本語版はまだ出ていない本です)の中で、まさにこの話をしています。人はずっと「家」を探している、という章です。その中の一節を訳すと、こうです。「ホームは、場所でも、物でも、人でもない。それは休息だ」(”Home is not a place, a thing, or a person. It is rest.”)。home という言葉の根っこには「休む」「横になる」という意味がある、とも書いています。

フォスターはこれを、すべての人にある「宇宙的なホームシック」(cosmic homesickness)と呼びます。海を一度も離れたことのない波が、海に帰りたがっている、というたとえで。ノスタルジアという言葉についても、文字どおり「帰郷の痛み」(the pain of coming home)だと紹介しています。

ここを読むと、「帰りたい」が急に特別なものじゃなくなる気がします。帰りたいのは、壊れているからじゃないし、選ばれているからでもない。人間みんなの、わりと古い持ちネタなのかもしれません。

体の側から見ても、似た話があります。トラウマの研究で知られるベッセル・ヴァン・デア・コークは『The Body Keeps the Score』で、心身が落ち着いていくには「体の奥で感じる安全の感覚」(a visceral feeling of safety)が要る、と書いています。トラウマの本なので「帰りたい」の話そのものではありません。でも、ぼくらの体が「ここは大丈夫」を理屈ではなく感じで知っている、というのは、この記事のコンパスの話とよく似ているなと思います。

「帰りたい」が来たら、こんなふうに聞いてみてもいいかもしれません。

「今日いちばん、ふう、となったのはいつ?」

「『帰りたい』が来る直前、どこで、誰といた?」

「帰った先で、ほんとは何をしたい?」

答えが「寝たい」でも、全然いいと思います。かなり優秀なコンパスです。


地球に遊びに来た魂の「帰りたい」|旅先のホームシック説

ここからは、ろばのせかいの持ちネタです。

ぼくは「魂の役割」を、遊びに来た魂、見届けに来た魂、味わいに来た魂、くらいのゆるさで見ています。「地球を救いに来た」みたいな大きい話じゃなくていいし、どの魂が偉いということもない気がします。魂に上下はない、と思っています。

昔の記事にも、「暇つぶしがてら地球へトリップしてくるわ!」という自分がなんとなくいる、と書いたことがあります。その暇つぶしの正体は、退屈というより「未体験に対する好奇心」かな、とも。スターシードあるあるの記事では、人生を海外旅行にたとえて、パスポートもビザも自分で作って勝手に遊びに来た感覚で、がんじがらめを「異国の情緒」と思える日があってもいい、と書きました。

そう見ると、「帰りたい」の読み方が変わります。

たっかぶり
たっかぶり

それ、海外旅行の3日目に「味噌汁飲みたい」言うやつやん。

まめたろう
まめたろう

それそれ。

たっかぶり
たっかぶり

ほな、味噌汁飲みたなったら旅行やめて帰らなあかんの?

まめたろう
まめたろう

やめんでええやん。お湯もらって、カップの味噌汁飲んだらええねん。

たっかぶり
たっかぶり

持ってきとるんかい!

まめたろう
まめたろう

持ってきとかな。魂も、そのくらいの準備はしてきとると思うで。

旅先で家が恋しくなるのは、旅が失敗だったからではありません。ちゃんと遠くまで来たから、ちゃんとほっとする場所を覚えているから、恋しくなる。味噌汁の味がわかるのは、たぶんいいことです。

ひとつだけ、このたとえで気をつけて読んでほしいことがあります。ぼくは「いつか旅が終わったら帰れる」という話をしたいのではありません。この記事の「帰る」の先は、旅の終わりにあるのではなく、今日の夜の布団や、誰かとの笑い話や、ふう、という息の中にあるものです。カップの味噌汁は、旅の途中で飲むから、おいしいのです。


「帰りたい」は、今ここが間違っている証拠?

「帰りたい=ここはあなたの場所じゃない」と読みたくなる日もあります。合わない職場や、息が詰まる関係から離れるのは、悪いことじゃありません(仕事を辞めるサインの記事、間違った道のサインの記事にも書いています)。実際に離れたほうが楽になることも、きっとあります。

ただ、それを「帰りたいと思うから、今の人生は全部まちがいだ」までふくらませるのは、ちょっと引っかかります。

フォスターは、欲しかった家や仕事や関係を手に入れても、しばらくするとあの「ホームシック」が戻ってくることがある、と書いています。これ、けっこう救いだと思うのです。場所を変えても「帰りたい」が残ることはある。残っても、それは選び方に失敗したからではないかもしれません。

逆の読み方にも、引っかかります。「帰りたいのは、地球が修行の星だから。耐えて魂を磨きなさい」というやつです。すてきな覚悟だと思う。ただ、ぼくは帰りたくなるくらいしんどいものを、前進の証拠にしなくていい気がしています。

いろいろな方のお話を聞かせていただいて思うのは、わりとみんな真面目だな、ということです。真面目な人ほど、「ここにいるのが修行」「帰りたいと思うのは弱さ」と、自分で荷物を増やしてしまう。苦しんだら良くなる、という話と同じで、苦しまなくていいと思うのです。楽に、軽く、ほっとする方へ動いていく道もあっていい。

魂の喪失の記事では「どこかに帰りたい感」を、魂が傷ついているサインの一つに挙げたこともあります。そういう読み方もあります。ただ、サインだと決めて自分を「壊れている人」にしなくていいと、今のぼくは思います。


宇宙に帰りたいのはスターシードだから?

ここは本気で面白がりたいところです。

「ここじゃない感」は、スターシードの話でよく出てきます。スターシード診断で出身星を調べて、「やっぱりわたし、プレアデスやん!」と盛り上がるのは、めちゃくちゃ楽しいと思う。魂のルーツが地球の外にもある、という考えは、ぼくもロマンがあって好きです。魂のルーツを知る意味についても書いてきました。

ただ、「帰りたい=スターシード確定」「高次元から来た特別な魂だから地球になじめない」とまでは、ぼくは言いません。

理由は3つあります。

1つめ。ぼくは広い視点で見ればみんなスターシードなんだろうなと思っています。魂レベルの話も、昔の記事に「魂レベルなんて(忘れているだけで、)みんな高いでしょ」と書いたとおりで、魂レベルで上下をつけるのは、あまり得意じゃありません。

2つめ。フォスターの「宇宙的なホームシック」は、人間みんなの話でした。だとしたら、帰りたいのはあなたが特別だからではなく、あなたがちゃんと人間をやっているからかもしれません。

3つめ。孤独の記事で書いたように、「宇宙人だから」「使命だから」は、スピリチュアルエゴを刺激しやすいのです。「わたしはみんなと違う」は一瞬気持ちいいけれど、あとで余計にさみしくなることがあります(誰もわかってくれない孤独感の話)。スターシードの目覚めを美化しすぎていませんか、という記事もあります。ライトワーカーの話(ライトワーカーとは?)も同じ温度で読んでもらえたらうれしいです。

ぼくは昔、「宇宙に帰りたい」を、スピリチュアル界隈の「決め台詞」と茶化して書いたことがあります。茶化して笑えるくらいの日は、それでいいと思う。星を見上げて「あそこ、実家かな」と言ってみる夜があっても、楽しいと思います。笑えない重さの日は、冒頭に書いたとおり、星ではなく人に話してほしいです。

もうひとつ、遊びの見方を。アーススターチャクラという、足元30cmくらいの下にあるといわれるチャクラがあります。チャクラの記事でぼくは、ここのバランスが崩れると「ホーム感が薄れて帰りたいとか言い出したり」するらしい、と書きました。そう読むなら、宇宙に帰りたい夜の答えは空ではなく、足の裏にあるのかもしれません。グラウンディングや第一チャクラの話です。宇宙のふるさとを探しに行くより、地球のほうにホーム感を足しておく。波動とは?で書いた話も、このへんでつながってきます。


「帰りたい」を消さなくていい|抗わないと、ほっとする方へ寄っていく

「帰りたい」が来ると、ぼくらはだいたい2つのどちらかをやります。

  • 押し込める:「こんなこと思っちゃダメだ」と、がんばってここになじもうとする
  • 投げ出す:「ここじゃない」と決めて、今あるものを全部捨てたくなる

どっちも、ちょっと力が入っています。ぼくは、どちらもしなくていいと思っています。

ろばのせかいの見方は、「自分らしく生きていいんだよ」という許可の話とは少し違って、抗うのをやめると、自然とそうなっていく、というものです(サレンダーの記事の話です)。方位磁石の針は、説得しなくても、勝手に向きます。「帰りたい」も同じで、押さえつけるのをやめると、「今日はこの道で帰ろ」「あの人に連絡しよ」「この席のほうが楽やな」くらいの小さな向きが、勝手に出てくるのではないかと思うのです。

魂の喜びに従う、というと大げさですが、こういう小さいことの積み重ねだと思っています。どうせ人は、ほっとする方へ少しずつ寄っていく。 だったら、抗わずに、その小さい向きに乗ってしまえばいい。

ちなみに、「帰りたいなんて思わないわたしになる」も、目指さなくていいと思います。フォスター自身も、大丈夫じゃないのに悟ったふりで大丈夫なふりをするなんて、なんて疲れることか、と書いています。帰りたいときは、帰りたいでいい。


場面別「帰りたい」の読み方|早見表(遊び半分でどうぞ)

場面別「帰りたい」の読み方(家にいるのに・職場で・旅先で・夕方に・宇宙に・地元に)
場面現実の側ならあえて見えない側で読むなら聞いてみること
家にいるのに帰りたい疲れ・家でも気が抜けない場所ではなく「休む」に帰りたい家で、ふう、となれる場所はある?
職場で帰りたい忙しさ・人間関係「わたし」に戻る時間が足りない帰って何をしたい?
旅先で帰りたい慣れない場所の緊張ちゃんと遠くまで来た印今ほしい「味噌汁」は何?
夕方に帰りたい一日の疲れが出る時間昼と夜の境目で、ゆるむ時間今日、もう十分がんばった?
宇宙に帰りたい今の毎日からの息抜き宇宙的なホームシック。足元も見る地球で、ほっとするものは何?
地元に帰りたいふるさと・家族が恋しい場所か、そのころの自分か恋しいのは、誰といた、何?
泣きたくなる疲れ・ためこんだ気持ち悲しみが流れを戻している泣いても、ため息でもいい?

家にいるのに帰りたいとき

いちばん調べられている場面だと思います。「家にいるのに」がつらいのは、唯一の帰り先にいるのに、帰れていない感じがするからかもしれません。

フォスターの「ホームは休息」で読むなら、家という場所にはいるけれど、「休む」にはまだ帰れていない状態、と見ることもできます。家でも誰かの役をやっている、頭だけ職場に残っている、スマホの中に出かけている。そんな日は、トイレでも風呂でもベランダでもいいので、誰の役でもない5分を作ってみる。子どものころの家や、そのころの自分が恋しいときは、インナーチャイルドの話が近いかもしれません。

職場や学校で帰りたいとき

職場や学校で帰りたいのは、スピリチュアルというより、人類共通の感情かもしれません。「帰りたい」が口ぐせになっている人も、けっこういると思います。ただ、朝イチから毎日ずっと、なら、体が何か言っているのかも。「帰りたい」の中身が「寝たい」なのか「この人から離れたい」なのか「この仕事がもう違う」なのかで、話はだいぶ変わります。ひとまず中身を分けてみるだけでも、ちょっと楽になる気がします。

旅先で帰りたいとき

旅先で帰りたくなるのは、ごく普通のホームシックだと思います。逆に、初めての土地なのに「帰ってきた」と感じることもありますよね。デジャブの記事で書いたような話で、前世だったら面白いなあ、くらいで楽しむのが、ぼくは好きです。

夕方に帰りたいとき

夕方は、一日の疲れがどっと出る時間です。子どものころに、夕焼けと一緒に家へ帰っていた体の記憶もあるかもしれません。あえて読むなら、昼と夜の境目は、外向きの自分から内向きの自分へ切り替わる時間。切なくなるのは、切り替えがちゃんと起きているから、かもしれないなと思います。

宇宙に帰りたいとき(月・星・自然に帰りたいとき)

前の節のとおり、面白がってよし、足元も見ておくとなおよし、です。月や星を見て泣ける夜、森に帰りたい日。ぼくはそういう感覚は大事にしていいと思っています。「ここじゃない」と決めるより、星も森も、たしかにほっとする。じゃあ今度、見に行こう、でいいのではないでしょうか。

地元に帰りたいとき

これは見えない話の前に、帰れるなら、一度帰ってみるのがいいと思います。帰ってみて「やっぱりここや」となるかもしれないし、「あれ、なんか違う」となるかもしれません。後者のとき恋しかったのは、場所より、そのころの自分や、そのころ一緒にいた人なのかもしれない。それがわかるだけでも、コンパスの精度がちょっと上がります。もちろん、ずっと帰らなくても、帰らないと決めても大丈夫です。

理由もなく帰りたくて、泣きたくなるとき

カーラ・マクラーレンは『The Language of Emotions』で、悲しみの役目を、力を抜いて、いらないものを手放し、自分に戻してくれるものとして書いています。「悲しむのに泣かなくてもいい。力を抜いて、ため息をついて、手放すだけでもいい」(”You don’t have to cry to be sad; you can just relax, sigh, and let go.”)という一文があります(マクラーレンはエネルギーワークには批判的な人なので、ヒーリングのお墨付きとして紹介しているのではありません)。

理由がわからなくても、泣きたいときは泣いていいし、ため息だけでもいいと思います。「魂の故郷を思い出して泣いている」と読むのも美しいけれど、ぼくは「たまっていたものが、やっと流れ出した」くらいの読み方も好きです。つらさが長く続く日は、冒頭に書いたとおり、ひとりで抱えないでください。


帰りたいときに、ぼくがおすすめすること

  1. 「あー、帰りたい」と声に出す:押し込めると、だいたい大きくなって戻ってきます。声に出すと、ちょっと笑えることがあります
  2. 今日いちばん「ふう」となった瞬間を思い出す:コンパスを読む時間です。どんなに小さくてもいい
  3. めちゃくちゃ寝る:ベッドやお布団と大親友になるやつです。ぼくは睡眠のことを宇宙にいくとか魂の故郷にいってくるわと勝手に呼んでいます。これはあくまで毎晩の往復の話で、朝になったら戻ってきて、また地球で朝ごはんを食べる。帰りたい日は、まず今夜よく寝て、明日の朝ごはんを楽しみにする。それくらいの話です(眠れない日が続くときは眠れない記事へ)
  4. 「ここじゃない感」を誰かひとりに話す:スターシードあるあるでも書いたように、ここじゃない感を共有できる人は、案外います。ヴァン・デア・コークも、ただ一緒にいるだけではなく、ほんとうに聞いてもらう・見てもらうことの大切さを書いています。「ほっとする場所」は、人の中にできることもある気がします
  5. 足の裏で地面を踏む:宇宙に帰りたい夜ほど、ベランダでも土の上でも、数分
  6. 何もせず、受け取る時間を作る:自分でなんとかしようとしない時間です。ぼくのセッションも、ヒーリングとは?に書いたように、横になって受け取るだけの形です

人生の転機のサインかどうかは、ここまでやってからでも遅くない気がします(人生の転機のサインの記事)。


帰りたいのよくある質問

Q. 帰りたい気持ちが「消えたい」「いなくなりたい」に近い気がします。どう読めばいいですか?

その場合は、スピリチュアルで読まないでください。魂のサインを探すより先に、人に話してほしいです。そう感じることは、責められることでも、恥ずかしいことでもありません。

厚生労働省のまもろうよ こころに、電話やSNSの相談先がまとまっています。#いのちSOS(0120-061-338)とよりそいホットライン(0120-279-338)は、一覧によると24時間受けつけています(電話相談窓口。時間は変わることがあるのでページも見てください)。うまく話せなくても大丈夫です。身近な人や、かかりつけの先生でもかまいません。

Q. 「魂の故郷に帰る」は、死ぬことと関係ありますか?

関係ありません。この記事でそういう話はしていません。「死んだら楽になる」「向こうが本当の家」という話を、ぼくはしません。

「死が怖くなくなってきたのは、魂が目覚めたサイン」のように書かれているものを見かけることもありますが、ぼくはそれをサインとしては読みません。そう感じることが増えてきたら、一つ上の質問のとおり、誰かに話してほしいです。ぼくが「帰る」と言うときは、今日の布団の話です。

Q. 家にいるのに帰りたいのは、病気ですか?

ぼくは医師ではないので、判断できません。疲れているだけの日もあると思います。気分の落ち込み、眠れない、食べられない、といったことが続くときは、病院や心療内科に相談してみてください。

Q. 帰りたいと思う人は、スターシードですか?

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。ぼくは広い意味ではみんなスターシードだと思っているので、確定も否定もしません。面白がって調べるのは大賛成。ただ、「特別だから生きづらい」にしなくていいと思います。

Q. 子どものころからずっと「帰りたい」があります。おかしいですか?

おかしくないと思います。昔の記事にも書いたとおり、そういう人はわりと多いんじゃないかと感じています。無理に消さなくていいと思う。ただ、そのことで毎日がつらいなら、話せる人や場所を探すのは、ぜんぜん大げさなことじゃありません。

Q. 「帰りたい」は人生の転機のサインですか?

そういう説もあります。結果として転機になることもあるかもしれません。ただ、ぼくは「帰りたい=もうすぐ何かが起きる」とまでは読みません。今日のコンパスとして使うだけで、十分もとが取れる気がします。


まとめ|「帰りたい」は、ほっとする方を指すコンパスかもしれない

  • 「帰りたい」は、今いる場所が間違っている証拠でも、選ばれた魂の印でもないかもしれない
  • どこかはわからないのに帰りたいのは、場所より、ほっとする感じを覚えているからかもしれない
  • フォスターいわく、ホームは「休息」。宇宙的なホームシックは人間みんなの持ちネタ
  • 魂は遊びに来た・見届けに来た、くらいで。魂に上下はない。旅先のホームシックは、旅の失敗じゃない
  • スターシード説は面白がっていい。「確定」や「特別」にしなくていい
  • 押し込めず、投げ出さず、抗わない。小さい「ほっとする方」に乗っていく
  • 「いなくなりたい」に近いときは、スピリチュアルで読まずに、人に話す
たっかぶり
たっかぶり

で、結局どこに帰ったらええの?

まめたろう
まめたろう

とりあえず今日は布団かな。

たっかぶり
たっかぶり

最初に夢がない言うたやつやん!

まめたろう
まめたろう

いや、布団、魂の故郷やから。

たっかぶり
たっかぶり

急に壮大! 朝になったら?

まめたろう
まめたろう

戻ってきて、味噌汁飲む。


この記事を書いた人

網倉彩人(まめたろう)|ろばのせかい
ヒーリングセッション経験1万件以上。シータヒーリング認定インストラクター。運営:株式会社ろばのせかい。見えない世界を、楽しみながら本気で探求しています。
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どこにも行かなくていい。ふう、となる時間を、横になって
光を両手で受け取るイメージ

「帰りたい」は、言葉にしにくい気持ちです。どこに、と聞かれても困るし、誰かに話すと「え、どうしたん?」と心配されそうで。

ろばのせかいのヒーリングセッションは、対話をメインにしません。最初に5分ほどお話をうかがったら、あとは目を閉じて、20〜30分横になっていただくだけです。「帰りたい」をなくすためのものではなく、ふう、となる時間を受け取ってもらうものだと思っています。受けた方からは「ヒーリングを受け取る時に横になれて、話も何もする必要がないので自分自身に対する疑心がわかず安心感がとても強かったです。」(30代の方)という声もいただいています。感じ方は人それぞれです。

こんな方におすすめです

  • 理由はわからないけれど、どこかに帰りたい感じがずっとある
  • 家にいても、なかなか気が抜けない
  • 考えたり話したりするより、まず休みたい

オンライン(Zoom)・対面のどちらでも受けられます。うまく話せなくても大丈夫です。「いなくなりたい」に近いつらさがあるときは、セッションより先に、記事の中でご案内した相談窓口を頼ってください。

ヒーリングセッションの詳しい内容を見る

あわせて読みたい

参考にした本・資料

  • ジェフ・フォスター『The Deepest Acceptance』(家に帰る物語・宇宙的なホームシック・ノスタルジア)
  • ベッセル・ヴァン・デア・コーク『The Body Keeps the Score』(安全の感覚)
  • カーラ・マクラーレン『The Language of Emotions』(悲しみの役目)
  • 厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/ )

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