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オーラがある人・強い人の特徴7つ|素直な人ほど光る?

この記事の答え:「オーラがある人」「オーラが強い人」とは、ろばのせかいでは、その人が自分のままでいるときに、まわりにふわっと伝わる存在感のことだと考えています。だから、オーラが強い人のいちばんの特徴は、派手さや声の大きさではなく素直さ。そして、自分の人生を楽しんでいる人ほど、オーラは光って見える気がします。

たっかぶり
たっかぶり

テレビの人に会うたら、オーラがすごかった!って言うやん。あれって、照明のせいちゃうん?

まめたろう
まめたろう

照明もあるやろね。衣装もメイクも、プロの人が整えてるし。

たっかぶり
たっかぶり

夢がない!

まめたろう
まめたろう

照明だけやったら、ぼくらもスタジオに立てば光るはずやねん。……光らへんやろ?

たっかぶり
たっかぶり

……光らへんな。

まめたろう
まめたろう

やろ。だから今日は、照明の外にある「オーラ」の話をしよか。

「オーラがある人」と聞くと、芸能人やスポーツ選手、会社の社長さんのような、人前に立つ人を思い浮かべるかもしれません。たしかに、照明や衣装、肩書き、まわりの注目、姿勢や話し方の練習など、現実の側にもオーラっぽく見える理由はたくさんあります。

そのうえで、この記事ではあえてスピリチュアル・エネルギー的な側面で切り取ってみます。オーラがある人の特徴、オーラが強い人・大きい人の違い、芸能人のオーラ、そして「オーラは作れるのか」。

なお、「自分にはオーラがない」と感じるほど元気が出ない日や、疲れ・落ち込みが長く続くときは、オーラのことより先に、体と心を休めてください。つらさが続くときは、病院で相談するのもひとつです。


目次

オーラがある人とは?「存在感」と「エネルギー」のふたつの見方

ふだんの言葉の「オーラがある」

ふだんの会話で「あの人、オーラあるよね」と言うときは、一目で印象に残る、なぜか目がいく、そこにいるだけで場の空気が変わる、そんな存在感のことを指していることが多いと思います。

スピリチュアルの「オーラ」

スピリチュアルでいうオーラは、人や生き物のまわりにあるとされるエネルギーの場のこと。色や層があるといわれ、その人の今の状態があらわれる、と考えられています。

ぼくは、2つを分けなくていいと思っている

ぼくは8年前の オーラを見る方法 の記事で、「芸能人にオーラがある」というのも、オーラだと書きました。オーラは、目だけではとらえきれない、人やモノの内側にある力。それが、まわりの人には「雰囲気」「空気感」「なんとなく」として伝わってくる。

だから、ふだんの言葉の「オーラがある」と、スピリチュアルのオーラは、別のものというより同じものを、ちがう言葉で呼んでいるくらいに、ぼくは見ています。

ちなみに、よく混ざる「魂の色」とはちがう話です。ぼくは、オーラは「その日の天気」、魂の色は「その土地の気候」と分けて考えています(くわしくは 魂の色は何色?)。この記事は、天気のほうの話です。

スピリチュアルのオーラそのもの(正体・歴史・見える仕組み)については、オーラとは? にまとめています。


オーラがある人は、素直な人かもしれない

「素直な人は、やっぱりオーラが綺麗」

2023年に書いた 素直な人はオーラが綺麗! の記事で、ぼくはこう書いていました。

「これはぼくの主観もめちゃくちゃ入りますが、素直な人はやっぱりオーラが綺麗です」

理由として書いたのは、思考や感情にはリズムがあって、自分に嘘をついたり、自分を偽ったりすると、そのリズムが乱れる。素直でいると、軽やかなリズムのまま保たれる。不協和音は耳ざわりに聞こえて、調和した音は心地よく聞こえる。それと同じなんじゃないか、ということでした。

オーラが強い=「足した」人ではなく「隠していない」人

この見方でいくと、オーラが強い人というのは、何かすごいものを上からまとった人ではなく、自分を隠すためのフタが少ない人なのかもしれません。

フタをしたままの電球は、どんなに明るくても、外からは暗く見えます。フタを外すと、もともとの明るさが、そのまま外にもれてくる。

「オーラがある人」と出会ったときに感じる、あのまぶしさ。あれは、その人が特別に大きな電球を持っているからというより、自分の明かりを、そのまま出しているから。ぼくはそう見ています。


オーラがある人・強い人の特徴7つ

ここからは、オーラがある人・オーラが強い人の特徴を、ぼくの見方でまとめてみます。チェックリストとして「足りないところ」を探すより、「これ、自分にもあるな」を見つけるつもりで読んでもらえたらうれしいです。

オーラがある人・強い人の特徴7つの早見表
特徴ぼくの見方自分への問いかけ
1. 自分のままでいるフタが少ないから、明かりがもれる今日、何を隠してる?
2. 楽しんでいる楽しさは、いちばん外に出やすい光最近、何を楽しんだ?
3. 目がキラキラしているやりたいことをやっている目本当は何がしたい?
4. 静かでも伝わる声の大きさとオーラは別もの力まずにいられてる?
5. 今ここにいる心がここにあると、存在感が濃くなる今、ここにいる?
6. ノーが言える自分の輪郭がはっきりしている本当は断りたいこと、ない?
7. 人を上下で見ない自分も人も、比べない誰かと比べてない?

1. 自分のままでいる(飾らない・隠さない)

さっきの素直さの話です。いい人に見せよう、すごい人に見せよう、と飾るのをやめている人。もちろん、場に合わせたふるまいはしていても、内側で自分に嘘をついていない。オーラがある人の、いちばんの土台はここだと思います。

2. 楽しんでいる

自分の仕事や好きなことを、心から楽しんでいる人。楽しさは、たぶんいちばん外に出やすい光です。このあと「オーラがある人は『楽しんでいる人』?」で、もう少しくわしく話します。

3. 目がキラキラしている

ぼくは初対面の人と会うとき、よく目を見ます。オーラを見る方法の記事では、キラキラした目の人を「少年の目をしていて正直な人、自分がやりたいことをやっているひと」と書きました。そして、子どもは全員そう。

目がキラキラしているのは、才能や地位の話ではなく、自分の「やりたい」に正直でいるしるしなのかもしれません。

4. 静かでも、そこにいるだけで伝わる

オーラが強い人というと、声が大きくて、身ぶりも大きくて、場を盛り上げる人を思い浮かべるかもしれません。でも上位の記事でも、余裕がある、所作が静か、話をよく聞く、といった特徴がよく挙がっていました。

ぼくも 負のオーラ の記事で、声が小さいことは負のオーラの特徴には入らないし、声が大きければポジティブなエネルギーかといえば「そんなこと1ミリもない」と書いています。声の大きさと、オーラの強さは別もの。物静かなのに、なぜか忘れられない人っていますよね。

5. 今ここにいる

素直な人の特徴のひとつとして、ぼくは「今ここを生きがち」と書きました。過去を責めすぎず、未来を心配しすぎず、目の前の人や時間に、ちゃんと心がある。

話しているのに、心がどこか別のところにある人と、目の前の自分の話をちゃんと聞いてくれる人。後者のほうが、なぜか存在感が濃く感じられます。心がここにあると、オーラもここに集まる。そんなふうにも思えます。

6. ノーが言える・人の空気に流されにくい

オーラがある人は、自分の輪郭がはっきりしていることが多い気がします。いやなことは、やわらかく断れる。まわりの空気に合わせすぎない。

素直な人の記事でも「ノーに許可を出す」を、素直になる方法のひとつに入れていました。断ることは、冷たいことではなく、自分の輪郭を守ること。輪郭がはっきりしている人は、そこにいるだけで「この人はこの人だな」と伝わります。

7. 人を上下で見ない

オーラが強い人は、相手の肩書きや立場で態度を変えないことが多いと思います。上位の記事でも「謙虚」「自慢しない」がよく挙がっていました。

ぼくの言い方にすると、自分も人も、上下で比べない。魂に上下はない、とろばのせかいでは考えています。比べるのをやめた人は、張りあう必要がないので、ふしぎと場がやわらかくなります。


オーラがある人は「楽しんでいる人」?

たっかぶり
たっかぶり

楽しんでる人がオーラあるって、なんかわかるわ。好きなことしゃべってる人って、光ってるもんな。

まめたろう
まめたろう

そうそう。推しの話してるときの顔とかね。

たっかぶり
たっかぶり

それ、わたしやん。

まめたろう
まめたろう

うん。そのときは、だいぶまぶしい(笑)

楽しんでいる人ほど、オーラは光って見える

ろばのせかいには、楽しんでいる人ほど変わるという持ち説があります。がんばっている人より、楽しんでいる人のほうが、流れにのって軽やかに変わっていく。

オーラも、同じなのかもしれません。好きな話をしているとき、夢中で何かを作っているとき、大笑いしているとき。そういうときの人は、同じ人なのに、なんだか別人みたいに明るく見えます。

100年前の本にも「恋をすると別人のように」

おもしろいことに、100年以上前の本にも、似た話が出てきます。

神智学のC・W・リードビーターは、1902年の著書『Man Visible and Invisible』の中で、透視で見たとする人のオーラ(アストラル体)について、恋をした人のオーラは、同じ人のものとは見分けられないほど変わると書いています。深紅の帯が広がって全体がその光で輝き、ふだんの濁りがなくなって、色がどれも鮮やかになる、と。

ただ、リードビーターは同じところで、嫉妬や怒りの色も一緒に出てくる、とも書いています。いい色だけになるわけではない、というのが、ちょっと正直でおもしろいところです。

ぼくがこの話を好きなのは、オーラを明るくするものが、修行や努力ではなく「心が動くこと」として書かれているからです。恋でも、推しでも、趣味でも、仕事でもいい。心が動いて、楽しんでいるとき、オーラは光って見える。100年前の人も、たぶん同じものを見ていたんだと思います。


オーラが大きい人・小さい人の違い|大きさに上下はない

「オーラが大きい=すごい人」という見方

オーラには大きさがあって、大きい人ほどすごい人、という見方もあります。

じつは100年前の本にも、そういう書き方があります。リードビーターは、とても発達した人になると、オーラの細かい体がずっと大きくなる、と書きました。1911年にオーラを観察したロンドンの医師ウォルター・キルナーは、著書『The Human Atmosphere』の中で、頭の回転の速い人ほどオーラが大きい、と書いています。

ぼくは、大きさで人を上下に分けたくない

正直に言うと、ぼくはこの考え方には乗れません。

ろばのせかいでは、魂に上下はないと考えています。オーラが大きいから上、小さいから下、という分け方をすると、オーラの話が、また人を比べる道具になってしまう。

YouTubeで、ぼくは「波動が上がっている」という言い方について、そう言うと「じゃあ今の自分は低いのか」となってしまうので、あまり好きじゃない、と話したことがあります。上がるというより、本来の自分のエネルギーに戻ってくる感じ。オーラの大きさも、同じだと思っています。

それでも、大きく感じる日・小さく感じる日はある

ただ、オーラが大きく感じられる日と、小さく感じられる日は、たしかにある気がします。

  • 大きく感じるとき:楽しんでいる、のびのびしている、安心できる場所にいる、自分のままでいられる
  • 小さく感じるとき:疲れている、緊張している、自分を守ろうとしている、人に合わせすぎている

ぼくがセッションでオーラを見させてもらうときも、そこに出ているのは、その人の「今の状態」であることが多いです。だから、オーラが小さく見えるのは、その人が小さいということではなく、今、ちょっと縮こまって自分を守っているというだけなのかもしれません。それは悪いことではなく、必要なときもあります。

ちなみに、さっきのキルナーは、頭の回転とオーラの大きさを結びつけた一方で、これまで見たいちばん大きなオーラは、もともと物静かな女性のものだったとも書いています。静かな人のオーラが、いちばん大きかった。ここは、ぼくもちょっとうれしくなりました。


芸能人にオーラがあるのはなぜ?|見る側の色ガラス

芸能人のオーラは、本人だけのものじゃないかもしれない

芸能人にオーラがあると感じる理由は、いくつか重なっている気がします。

  1. 本人の側:人前に立つことを楽しんでいる。見られることに慣れていて、自分を隠すフタが少ない
  2. 場の側:照明、衣装、たくさんの人の注目。大勢の人の意識が1人に集まっている
  3. 見る側:「あの人に会えた」という、こちらのうれしさや期待

とくにおもしろいのが、3つ目です。

リードビーターの「色ガラス」

リードビーターは『Man Visible and Invisible』の中で、人はそれぞれ自分の体を通して相手を見ているので、色ガラス越しに景色を見ているようなものだ、と書いています。慣れるまでは、自分がいちばん反応しやすい性質を、相手の中のいちばん目立つところとして見てしまう、と。

これを芸能人のオーラにあてはめると、ぼくらは、相手のオーラと一緒に、自分の「あこがれ」も見ているのかもしれません。「この人みたいに堂々としたい」「この人みたいに好きなことで輝きたい」。そう思っている人ほど、その人がまぶしく見える。

だとしたら、誰かのオーラに感動したときは、自分の中にある「こうなりたい」に気づくチャンスでもあります。

たっかぶり
たっかぶり

ほな、わたしが会うてオーラすごかった人は、わたしのあこがれやったんや。

まめたろう
まめたろう

かもね。その人の何がまぶしかったか、思い出してみたら?

たっかぶり
たっかぶり

……顔。

まめたろう
まめたろう

そこは照明もあるかもしれへん(笑)


オーラがある人になれる?|作るより、隠さない

よくある「オーラを出す方法」

検索してみると、オーラを出す方法として、姿勢を正す、笑顔でいる、清潔感を大事にする、自信を持つ、自分を磨く、といった方法がよく紹介されています。

どれも、すてきなことだと思います。姿勢を正すと、気持ちもしゃんとしますしね。

でも、がんばって作るものじゃない気がする

ただ、ぼくは少し引っかかります。「オーラは、努力して、磨いて、手に入れるもの」という前提です。

ろばのせかいでは、苦しまなくていいと考えています。がまんや苦労と引き換えに、何かを手に入れる。そういう考え方は、もしかしたら古い慣習なのかもしれない、ということは 好転反応とは? にも書きました。

オーラも、同じだと思います。オーラは足すものではなく、もともとあるものを隠さないこと。オーラを見る方法の記事で、子どもは全員キラキラしている、と書いたのも、そういう意味です。感じる力も、まわりを明るくする光も、誰でも子どものころ持っていた。大人になるにつれて、少しずつフタが増えていっただけ。

だから、オーラがある人になるために必要なのは、新しい何かを身につけることより、「本当はこうしたい」を隠すのを、ひとつずつやめていくことなのかもしれません。抗うのをやめると、自然とそうなっていく。ぼくはそんなふうに見ています。


オーラがある人に比べて「自分にはない」と感じるとき

オーラは、なくなったわけじゃない

オーラがある人を見て、「それに比べて、自分にはオーラがない」と落ちこむことがあるかもしれません。

でも、ぼくはオーラがない人はいないと思っています。オーラを見る方法の記事でも、オーラはすべての人やモノにある、と書きました。野菜にだってあります。愛情たっぷりに育てられた野菜は、「芸能人ばりのオーラ」を出していることがあるくらいです。

「オーラがない」と感じるときは、オーラがなくなったのではなく、今、フタが多めになっているだけなのかもしれません。

フタが増えているサイン

素直な人の記事 では、素直な自分から離れているサインをたくさん挙げました。その中から、オーラに関わりそうなものをいくつか。

  • 人を喜ばせることを、必要以上にがんばっている
  • まわりの基準で、自分を決めている
  • 無理にポジティブでいようとしている
  • 自分の気持ちを、そのまま伝えるのが難しい
  • 自分の人生なのに、主人公の感じがしない

負のオーラの記事で、ぼくは負のオーラを、自分の側から見れば「本来の自分とズレたエネルギー」だと書きました。オーラが小さく、くもって見えるときも、きっと同じ。ズレに気づけたら、戻ればいいだけです。戻る道は、責めることではなく、休むことや、楽しむことの中にある気がします。


オーラがある人に近づくために、ぼくがおすすめすること

  1. 楽しいことを、ひとつだけ増やす:がんばることより、楽しむことを。好きな音楽、好きな場所、好きな人。楽しんでいる時間が増えるほど、オーラは光って見えやすくなる気がします
  2. 「なんとなく」を信じてみる:なんとなくこっちがいい、なんとなく会いたい。オーラを見る方法の記事でも、「なんとなく」がオーラを見るヒントだと書きました。自分の「なんとなく」に正直でいることは、素直さの練習にもなります
  3. 小さなノーを、ひとつ言ってみる:断りたいのに引き受けていることを、ひとつだけ、やわらかく断ってみる。自分の輪郭が、少しはっきりします
  4. まぶしい人に会ったら、何がまぶしかったかを書く:それは、あなたの中の「こうなりたい」かもしれません
  5. ひとりで抱えず、受け取る時間をつくる:フタを自分で外そうとがんばらなくても大丈夫です。たとえば、目を閉じて横になって受け取るだけのヒーリングセッション という方法もあります。何かを感じる方もいれば、何も感じない方もいます(感じ方は人それぞれです)

オーラを「見る」ほうに興味がわいた方は、誰でも簡単にオーラを見る方法 や、色の意味をまとめた オーラ診断で性格が分かる? もどうぞ。


よくある質問

Q. オーラがある人は、生まれつきですか?

生まれ持った雰囲気や持ち味はあると思います。ただ、ぼくは、オーラがある・ないは生まれつき決まっているものではないと考えています。子どもはみんなキラキラしていて、大人になるにつれて、自分を隠すフタが増えていくだけ。フタが少なくなれば、もともとの明るさが外に出てくるのかもしれません。

Q. オーラが強い人は、霊感やスピリチュアルな力がありますか?

オーラが強いことと、霊感があることは、別のことだと思います。オーラが強く感じられる人は、霊感の有無よりも、自分のままでいて、楽しんでいる人であることが多い気がします。感じる力そのものは、誰でも子どものころ持っていた、とろばのせかいでは考えています。霊感のことは 誰でも簡単に霊感を鍛えられる方法 にも書いています。

Q. オーラが強い人と一緒にいると、疲れるのはなぜですか?

相手のオーラが強いからというより、相手に合わせようとして、自分のフタが増えているときに疲れやすい気がします。相手がまぶしいと、つい自分を小さくしてしまうこともありますよね。人と会うと疲れやすい方は、一緒にいて疲れる人のスピリチュアルな意味 や エンパスとは? もどうぞ。

Q. オーラがある人のオーラは、何色に見えますか?

「オーラがある人は金色」などと言われることもありますが、ぼくは、オーラの強さと色は別の話だと思っています。色は、その人のその日の状態で変わるものだと見ています。ちなみに、ぼく自身はオーラを目で色として見ることはできません。「なんとなく、この色合いが強いな」と感じるくらいです。色の意味は オーラ診断で性格が分かる? にまとめています。

Q. 自分のオーラが弱い気がして、元気が出ません。

オーラが弱く感じるのは、あなたが弱いからではなく、今、少し縮こまって自分を守っているときなのかもしれません。まずは、ゆっくり休んでください。疲れや落ち込み、眠れない日が長く続くときは、オーラのことより先に、病院で相談してください。


まとめ|オーラがある人は、自分のままで楽しんでいる人

  • 「オーラがある」は、ふだんの言葉の「存在感」と、スピリチュアルの「エネルギー」の、どちらの意味でも使われる。ぼくは、同じものをちがう言葉で呼んでいると見ている
  • 照明・衣装・肩書きなど、現実の理由もある。そのうえで、あえてエネルギー的に読むなら
  • オーラがある人・オーラが強い人のいちばんの特徴は、素直さ。何かを足した人ではなく、自分を隠すフタが少ない人
  • そして、楽しんでいる人ほど、オーラは光って見える。100年前のリードビーターも、恋をした人のオーラは別人のようになる、と書いている
  • オーラの大きさで、人を上下に分けなくていい。小さく感じるのは、今ちょっと自分を守っているだけかもしれない
  • 芸能人のオーラには、見る側の「あこがれ」も映っているのかもしれない
  • オーラは、がんばって作るものではなく、もともとあるものを隠さないこと。苦しまなくていい
たっかぶり
たっかぶり

結局、オーラがある人になりたかったら、照明よりも、楽しむことやね。

まめたろう
まめたろう

うん。あと、自分を隠さんこと。

たっかぶり
たっかぶり

ほな、今日から推しの話、もっと遠慮せんとするわ。

まめたろう
まめたろう

……それは、今でもけっこうしてるで(笑)

たっかぶり
たっかぶり

オーラ出てるってことやん!

まめたろう
まめたろう

まぶしいくらいにね。


この記事を書いた人

網倉彩人(まめたろう)|ろばのせかい
ヒーリングセッション経験1万件以上。シータヒーリング認定インストラクター。運営:株式会社ろばのせかい。見えない世界を、楽しみながら本気で探求しています。
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参考にした本・資料

  • C・W・リードビーター『Man Visible and Invisible』(1902。見る人の色ガラス/恋をしたときのオーラ/発達した人の体の大きさ)
  • ウォルター・J・キルナー『The Human Atmosphere』(1911。健康な人のオーラの大きさ)

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