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苦労ばっかりの人生って、魂が生まれる前に「ハードモード」を選んできたってことなん?

選んできたのかもね。……説明書を読まずに、いちばん上のボタン押しただけかもしれないけど。

雑! 魂の決断が雑!

じゃあ今日は、あえて見えない世界の方で、ちゃんと読んでみよか。
「苦労が多い人生 スピリチュアル」で調べると、だいたいこう書いてあります。
「苦労は魂が選んだ試練」「カルマの清算」「魂のレベル(霊格)が高い人ほど苦労する」。
人生辛いことばかり。我慢ばかりの人生。そう感じているときに、「この苦労には意味がある」と思えるのは、たしかに支えになります。
苦労の多さには、生まれた環境やめぐり合わせなど、本人にはどうしようもない現実の理由もあると思います。
でも、あえてスピリチュアル・エネルギー的な側面で切り取ってみる。そんな日があってもいい予感がします。
先に、この記事のいちばん言いたいことを書いておきます。
苦労が多い人生は、魂の修行というより、「苦労を払わないと、幸せを受け取っちゃいけない」という古い設定が、人生のあちこちでくり返されているのかもしれません。
そして、ぼくは苦労しなくても、人はちゃんと気づけるし、変われると思っています。
まずは、苦労が多い人生の現実の理由もちらっと見ておく
スピリチュアルに切り取る前に、ちらっとだけ。
- 生まれた家、お金、体のこと、時代。苦労の多さには、本人の考え方ではどうにもならない理由もたくさんあります。苦労が多いのは、あなたのせいではありません
- つらいことが続くと、心も体も疲れて、いつもなら流せることまで重く感じやすくなります
- 「消えてしまいたい」「もう生きていたくない」と思うほどつらいときは、ひとりで抱えずに、身近な人や公的な相談窓口、病院を頼ってください。スピリチュアルな読み方は、そのあとでいいのです
見える世界の理由も、ちゃんと横に置いておく。
そのうえで見えない世界から眺めると、同じ「苦労が多い」が、ちょっと違う物語に見えてくるんです。
あえてエネルギー的に読むなら|苦労が多い人生は「苦労の通行料」を払い続けている説
ぼくがセッションをしていて、ときどき感じるのが、
「苦労を払わないと、いいことを受け取っちゃいけない」
という、見えない約束ごとのようなものです。
がんばったら、ごほうび。我慢したら、報われる。苦しんだ分だけ、幸せになれる。
まるで、幸せの入り口に「苦労の通行料」を払う料金所があるみたいに。
この設定を持っていると、ふしぎなことが起きます。
楽に入ってきたお金はなんだか落ち着かない。すんなりうまくいくと「あとで何か起きるかも」と身構える。
そして、気づくと自分から、苦労のほうへ歩いていってしまう。

え、苦労って、こっちから払いに行ってるってこと?

うん。誰も請求してないのに、レジに並んでる感じ。

誰も請求してへんのに!? それは損やわ。
がまん強い人ほど、苦労が多い人生になりやすい
ここで大事なのは、苦労が多いのは、あなたが弱いからでも、ダメだからでもないということです。
むしろ逆で、がまん強くて、責任感があって、人の気持ちがわかる人ほど、この通行料をきちんと払えてしまう。
払えてしまうから、人生のあちこちで同じパターンがくり返されて、「苦労が多い人生」に見えてくるのかもしれません。
気になるのは「楽をしたら、ばちが当たる」という感覚
ぼくが気になるのは、苦労そのものより、その奥にある、
「楽をしたら、ばちが当たる」「自分だけ楽になっちゃいけない」
という感覚です。
子どものころ、がんばったときにだけほめられた。家の中で、自分がしっかりしていないと回らなかった。
理由は人それぞれですが、どこかで覚えた「苦労=いい子のしるし」が、大人になっても人生の設定として動き続けている。
苦労を払う → やっと少し受け取る → また払う。
もし、苦労が多い人生にスピリチュアルな意味があるとしたら、「魂の試練」より、こっちのほうがしっくりくる気がします。
なので、苦労が多いなと感じたら、自分を責めるより、こう聞いてみてください。
「楽に手に入ったものを、素直に喜べている?」
「『苦労したから、これをもらってもいい』と、どこかで計算していない?」
「もし苦労の通行料がいらないとしたら、何を受け取りたい?」
答えがすぐに出なくても大丈夫です。問いを置いておくだけで、設定は少しずつゆるんでいくことがあります。
苦労が多い人生の、ほかの読み方
「苦労の通行料」以外にも、使える見方を3つ。
1. 人の痛みがわかる感度が、もともと高い
苦労が多いと感じる人は、同じ出来事からも、たくさんのことを感じ取っているのかもしれません。
感じる力が高い分、しんどさも人より多く拾ってしまう。それは弱さではなく、感度の高さです。
2. 家族やまわりの「荷物」まで背負っている
自分の苦労だけでなく、家族の苦労、職場の苦労まで、気づけば自分が持っている。
苦労が多い人生は、ほんとうは自分のものではない荷物が混ざっているのかもしれません。人の荷物については 一緒にいて疲れる人のスピリチュアルな意味 にも書いています。
3. 「ふつう」のものさしが、きびしすぎる
「これくらいできて当たり前」「みんなもっとがんばってる」。
自分にだけきびしいものさしを当てていると、同じ人生でも、苦労の量が多く見えることがあります。

つまり、自分にもうちょい甘くしてええってことやね。

それはそう。プリンくらい甘くていい。
苦労が多い人生は魂の試練?カルマ?霊格が高いから?ぼくはちょっと違うと思う
苦労が多い人生について、スピリチュアルの世界でよく聞くのが、こんな言い方です。
- 苦労は、魂が生まれる前に自分で選んできた試練
- 前世のカルマを清算している
- 魂のレベル(霊格)が高い人ほど、きびしい試練を与えられる
- ネガティブな感情や波動の低さが、苦労を引き寄せている
しんどいときに、「これには意味がある」と思えることは、すごく支えになります。その気持ちは、すてきだと思います。
ただ、ぼくはここに、ちょっとだけ引っかかりがあります。
この見方の奥には、
「苦しまないと、魂は成長できない」
「苦労の量が、魂の価値を決める」
という前提が隠れていないでしょうか。
これ、けっこう古い観念だと、ぼくは思っています。
見えない世界は、そんなに「苦労と引きかえ」の取り引きっぽい場所じゃない。苦しまなくても、魂はちゃんと気づけるし、ちゃんと深くなる。そう考えるほうが、ずっと自然で、ずっと楽です。
「魂のレベルが高い人ほど苦労する」は、ちょっと気持ちいい説
ぼくは以前、魂レベルが高いと人生は辛い? という記事で、「本当は魂に高いも低いも、人生にハードもイージーもない」と書きました。今もその気持ちは変わっていません。
「苦労が多い=魂のレベルが高い」と思えると、少し救われる気がする。でも、そのぶん苦労を手放しにくくなることもあります。苦労をやめたら、レベルが下がる気がしてしまうから。
魂に上下はない。苦労の量で、あなたの魂の価値は変わらない。ぼくはそう見ています。
カルマは「罰」ではなく「古い記憶」
カルマも、「前世で悪いことをしたから、今世で苦労している」と読むと、ただの罰になってしまいます。
ぼくは カルマとは? の記事でも書いたように、カルマを「古い記憶」=体や心にしみこんだ思い込みや価値観として見ることが多いです。
だとしたら、「苦労しないと受け取れない」という設定そのものが、いちばん身近なカルマなのかもしれません。古い記憶なら、罰として耐えるより、書きかえればいい。
「もっと握りしめれば」を、やめた人の話
マイケル・シンガーは、著書『The Surrender Experiment』(日本語版『いま、目の前で起きていることの意味について』)の中で、若いころ、きびしい規律で自分を押さえつけながら瞑想の修行をしていた時期のことを書いています。
ある朝シンガーは、「もっと規律を強めれば、行きたいところに行けるのか」と自分に問いかけ、答えは「ノー」だったといいます。そして、「本当の自由への道は、ただもっと強く握りしめることより、ずっと繊細なものだった」(拙訳)と気づき、もがくより、もっと委ねることを学んでいきます。
ぼくは、ここがすごく好きです。
苦労や我慢でぎゅっと握りしめるほど、前に進める。そう信じてきた人ほど、握る手をゆるめたときに、いちばん変わる気がするのです。
医師のガボール・マテも、著書『The Myth of Normal』(日本語版はまだ出ていない本です)の中で、心や体の大きな危機を、見失った自分の大事な部分からの「いちばん大きな呼び声」のようなものとして書いています。ただし、そんな先生は誰にも望まない、とも。だからこそ、大きな声になる前の小さな合図に気づけるようになろう、という立場です。
苦労は先生になることもある。でも、先生は苦労じゃなくてもいい。ぼくもそう思います。

でも、苦労した人のほうが深みがあるって言うやん。

深みはあるかもね。でも、深みのために苦労を集めなくても、人はちゃんと深くなる気がするのよ。
人生辛いことばかり、と感じるとき
「苦労が多い」を通りこして、「人生辛いことばかり」と感じるときのために。
まず、辛いことばかりと感じるときは、心も体も、もう十分にがんばっています。眠る・食べる・休む。地味だけど、ここを整えるだけで、見え方が少し変わることもあります。
そのうえで、ひとつだけ伝えたいのは、辛さを感じやすいのは、あなたの性格の欠点ではないということです。
マテは同じ本の中で、「自分の気持ちより、人の気持ちを先に気にしてしまう」「何かをして、与えることで、自分がいていい理由をつくらなきゃと思っている」「誰もがっかりさせてはいけないと思っている」といった癖を挙げています。
そして、こうした癖は意志で選んだものでも、生まれつきのものでもない、と書いています。生まれたばかりの赤ちゃんは、誰かに迷惑をかけるかなんて考えずに泣く。だからこれは、生きのびるためにあとから身につけた対処なのだ、と。
ぼくは、ここに希望があると思っています。
あとから身につけたものなら、あとから、ほどいていける。
一時期のうまくいかなさについては うまくいかない時期のスピリチュアルな意味 にまとめています。「この半年くらいずっと」ならあちら、「気づけばずっと、人生そのものが」ならこの記事、という感じで読み分けてみてください。
我慢ばかりの人生になっているとき
「我慢ばかりしていると、どうなるの?」という声もよく聞きます。
我慢は、悪者じゃありません。その場をおさめたり、大事な人を守ったり、我慢が役に立つ場面もたくさんあります。
ただ、我慢が癖になって、人生のあちこちで自動的に動いていると、こんなことが起きやすい気がします。
- 自分が何を望んでいるのか、だんだんわからなくなる
- 飲みこんだ気持ちが、行き場のない怒りやむなしさとしてたまっていく
- まわりも「この人は我慢してくれる人」として扱うようになり、さらに我慢がふえる
ぼくは以前YouTubeで、「人生は困難なものと決めつけている」ことを、不幸になりやすい癖のひとつとして話したことがあります。「苦労しないと成功できない」「我慢はいいこと」というのは、もう古くさい価値観の一つかもしれない、と。
もちろん、山あり谷ありの人生を、自分の気づきとして楽しめるなら、それもすてきです。ただ、我慢がしんどいなら、もう続けなくていい。
飲みこんだ怒りについては 怒りのスピリチュアル的意味、いい人でいすぎて疲れたときは いい人をやめる4つの方法 もあわせてどうぞ。
苦労がくり返す場面別の早見表(遊び半分でどうぞ)
苦労が多い人生といっても、くり返しやすい場面は人によって違います。占いのように信じこむというより、自分に問いかけるネタとして、遊び半分でどうぞ。

| 苦労がくり返す場面 | 象徴しているもの | 自分への問いかけ |
|---|---|---|
| お金 | 受け取ること | 楽に入ってくるお金を、疑っていない? |
| 仕事 | 役割、責任 | 「自分がやらなきゃ」を抱えすぎていない? |
| 人間関係 | 境界線 | 嫌なことを、笑って飲みこんでいない? |
| 家族 | 子どものころの役 | 家族の中の「しっかり者」を続けていない? |
| 恋愛・パートナー | 愛されること | 尽くさないと愛されない、と思っていない? |
| 何もかも全部 | 我慢ぐせ、疲れ | 楽をする自分を、許せている? |
お金の苦労がくり返すとき
お金は「受け取ること」の象徴です。汗水たらして手に入れたお金だけが本物、と思っていると、楽に入ってくるお金にブレーキをかけてしまうことがあるかもしれません。
家族の苦労がくり返すとき
家族の中で、子どものころから「しっかり者」「聞き役」「がまん役」をしてきた人は、大人になってもその役を続けていることがあります。役をおりても、家族はちゃんと回る。そんなふうに眺めてみるのもひとつです。
何もかも苦労ばかりのとき
全部が苦労に見えるときは、意味を探すより先に、休むことがいちばんのメッセージな気がします。意味を考えるのは、ちゃんと眠ったあとで(笑)。
苦労が多い人生をほどくために、ぼくがおすすめすること
- まず休む:眠る・食べる・ぼーっとする。苦労をほどくのも、元気があってこそ
- 「楽に受け取れたこと」を1日1つ書く:通行料を払わずにもらえたものに、気づく練習
- 我慢を1つだけやめてみる:大きな決断じゃなくていい。「本当は行きたくない集まりを1回断る」くらいで
- 「苦労したから」を「受け取りたいから」に言いかえる:「苦労したから、これくらいもらってもいい」を、「受け取りたいから、受け取る」に
- 人の手を借りる:ひとりで全部やるのも、ひとつの苦労の形かもしれません
自分ひとりで力を抜くのがむずかしいときは、横になって受け取るだけのヒーリングセッション という方法もあります。
よくある質問
Q. 苦労が多い人生は、魂が自分で選んできたものですか?
そう受け取ることで前を向ける人もいるので、その見方を否定はしません。ただ、ぼくは「選んできたから、耐えなきゃいけない」とまでは考えなくていいと思っています。もし選んできたとしても、途中で楽なほうに変えていい。魂は、そんなにきびしい上司じゃない気がします。
Q. 苦労が多い人は、魂のレベルや霊格が高いのですか?
ぼくは、魂に上下はないと思っています。苦労の量で、魂の価値は変わりません。「苦労が多い=レベルが高い」と思うと、かえって苦労を手放しにくくなることもあるので、気をつけてみてください。
Q. 「苦労は買ってでもしろ」は嘘ですか?
嘘とまでは言いません。苦労から学べることも、きっとあります。ただ、ぼくは苦労をわざわざ買わなくてもいい派です。楽しいことや、うれしいことからも、人はちゃんと学べると思うのです。
Q. 苦労が多い人生が終わるサインはありますか?
ぼくにも、時期はわかりません。ただ、「がんばらなくても回る日がふえる」「人に頼れるようになる」「楽に受け取ったものを、素直に喜べる」。そんな変化が出てきたら、苦労の通行料を払わなくてよくなってきたしるしかもしれません。
Q. 人生辛いことばかりで、もう疲れました。どうしたらいいですか?
まずは休んでください。意味を探すのは、元気が戻ってからで大丈夫です。眠れない、落ちこみが長く続く、死にたい気持ちがあるときは、ひとりで抱えずに、病院や公的な相談窓口にも相談してください。
お客様の声から
ろばのせかいのセッションを受けた方からは、こんな声もいただいています(感じ方は人それぞれです)。「人間関係において良い意味で我慢しなくなった。周りの自分に対する扱いが良くなってきた」(40代の方)。「条件達成の暁に幸せは得ることができるだから努力せよみたいに思ってました。セッション後は自分に優しくなれた感じです」(40代の方)という声も。苦労の通行料は、払い続けなくてもいいのかもしれません。
お金の苦労がくり返すときは、お金がどんどん出ていくときのスピリチュアルな意味で、出ていく先ごとの読み方を書いています。
まとめ|苦労が多い人生は、苦労しなくても変われる
- 苦労の多さには、本人にはどうにもならない現実の理由もある。でも、あえてエネルギー的な側面で切り取る日があってもいい
- 苦労が多い人生は、魂の修行というより、「苦労を払わないと受け取れない」という古い設定のくり返しかも
- がまん強い人ほど、通行料を払えてしまう。あなたが弱いからじゃない
- 「魂が選んだ試練」「カルマ」「霊格が高い」の奥には、苦しまないと成長できないという古い観念が隠れているかも
- 魂に上下はない。カルマは罰ではなく「古い記憶」。書きかえていい
- 我慢ぐせは、あとから身につけたもの。だから、あとからほどいていける
- ほんとうは、苦労しなくても、人はちゃんと気づけるし、楽に、軽く変わっていい

結局、苦労のレジには並ばんでええってことやね。

うん。並ぶなら、おいしいパン屋さんの列にしとこ。
この記事を書いた人
網倉彩人(まめたろう)|ろばのせかい
ヒーリングセッション経験1万件以上。シータヒーリング認定インストラクター。運営:株式会社ろばのせかい。見えない世界を、楽しみながら本気で探求しています。
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参考にした本・資料
- マイケル・シンガー『The Surrender Experiment』(Michael A. Singer。日本語版『いま、目の前で起きていることの意味について』)
- ガボール・マテ、ダニエル・マテ『The Myth of Normal』(Gabor Maté with Daniel Maté。日本語版なし)


